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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 9-2

<木霊眼科・内科医院> 
―診察券― 氏名:兎洞 桃涸  NO.10925

 飛び跳ねた意味がつながった。けれどますます疑念が渦巻いて仕方がない。作りこんだ声で呼ばれる、診察代を支払う、来月改築工事で移る近隣のピルの住所を教えられた、笑顔だ、不具合が生じて欲しいそうに見えてしまった、大火事を願う大工の心理。声がする、駐車場。車の前に、僕の愛車に重なり乗り上げるありえない光景が飛び込んだ、ざわめきは痴話げんかの仲裁かと思ったのに。平謝り、老人だ、慌てふためく、犯した罪を把握をしたら、心臓が止まりそうなほど老いぼれてる、いきがってRVに乗るからさ。ひしゃげたフロントに大胆な国のオフロードレースを彷彿とする廃車が思い出された。……誰の車だよ、ご愁傷様。偉いとばっちりだ、高齢化社会は自動運転車の普及までせっせとまずは老害の対策を講じないとね。さてさて僕の車はどこかな、探して見当たらないぞ。潰れたランチアであるものか、何度も否定したのに、認めたくない気持ちはわかるがって、確かに止めた場所は隅のRVの正面だったが、その車ではないのだよ、君たち。わからないのだな、医者も野次馬も、低頭の老人も。あるべき場所から車が消えた、僕が診察を受けるときに持ち去られたんだ。警察は面倒だな、しかし手元を離れた車に車検代や保険代を支払うのは馬鹿らしいか、盗まれた事実もう少し期間をおく。目をつけられてる、厄介ごとが増える。警察に話すのはもううんざりだった。
 帰宅手段を調べた、縋る老人が煩く、はっきり僕の車ではありませんと面と向かって告げた。しつこいのでタクシーを捕まえその場を逃げた、都心ではタクシーとマッサージ店が多い。みな疲れても働く。
 特急列車と普通列車を乗り継ぎ、『ひかりやかた』の最寄り駅からはまだ正午を過ぎたばかりの時刻で車内で駅弁も食べ、体力は有り余って寮まで歩いて帰宅の途についた。夕暮れが早まった印象、車道脇の草むらで発信源を隠蔽する虫たちの演奏が障害物に跳ね返り耳に届いて多少煩かった。明日から仕事が再開する。手を止めて早めに眠りについた。
 誰の車だったのか、他人事であるがやはり気にするみたいだ、朝起きて一行を書き加えた。