コンテナガレージ

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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 11-1

 彫刻家安部は見当たらない。ふくよか、熊の右わき腹を確かめた。彫刻は人の作り方に似ている。大きく作り、そこから不要な箇所を削る。蛙のような水かき指の腹に、細胞分裂初期の段階では見られる。
 しかし、美弥都は音がぱったり途切れた石の通路を振り返る、安部はどこへ行ったのか。修復の仕事を終えてさっさと事件現場を立ち去ったとは思えない。粗彫りにかろうじて毛むくじゃらで大柄で鋭く爪を見せ付ける二本足で体重を支え、覆いかぶさんばかりの初日に出迎えた熊の面影はすっかり消える。たどたどしい形と線による彫りの熊がそこにはあった。
 一階の通路を隈なく彼女は視線を突き当たりのそのほかの動物像に行き着いては立ち止まり、床、天井、壁、四隅に目を配る。合計四箇所の突き当たりをすべて、美弥都はなにやら目的があったらしく入念に指差し確認まで行っていた。
 二階南東の角、室田幸江の部屋を訪問した。時刻は午前九時半前である。
「……うるさっ。だれ?」五回目の呼び鈴に室田は姿を見せた。バスローブを羽織り、浅黒い素肌が覗く。目の下の隈は化粧を落とした素顔に目立つ。普段はかなり厚めに化粧を施すのか。
「日井田です」
「なんだ、あなたか。で、なに」
「三つ質問があります。答えてください」
「警察気取りならほかをあたって。隣の海里なら遊びに付き合ってくれるわ」室田はドアを背に部屋に戻っていく。重厚なドアを美弥都は機敏に掴む。なかへ告げた。
「出来立てのコーヒーがあります。交換条件といきましょう」
「用意がいいのね」断ってもう一眠り、と考える後姿。そして意見がなびく。「……いいわ、入って。けど、きっちり三問答えたらさっさと出て行くっていう約束、忘れないで。心理的な隙を突いた帰りがけ間際の突然の問いかけもなしよ」
 室内は眺望を除外すると美弥都が泊まる部屋と瓜二つのレイアウトである、驚くこともない、森ばかりの部屋を安易に豪勢な調度品をそろえようものならバランスを取ったホテル側の配慮が宿泊者に透けてしまう。
「二年前の事件前後、あなたが取った行動をお聞かせください。自宅からホテル、食事に出たのなら覚えている限り訪れた周辺の観光地、土産物屋、レストランなどを搾り出してお答えを」
「それが一つ目の質問?」足を組んだ室田は耐熱用携帯容器を掻っ攫うように受け取る。美弥都は直立を続ける。着席を促されたが、相手を目線の高さを合わせたり目を見て放す礼儀を彼女はあいにくと持ち合わせてはいない。