コンテナガレージ

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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 11-4

。「午後の四時から五時の間にチェックインをして、それから三十分から一時間ほど持ち込んだ仕事を片付けて、ああこれは雑誌のコラムを書いたの、医療関係者から見た優良病院の見分け方っていう記事ね。まだ連載続いてるの、良かったら一冊いかが、増刷を重ねて巷じゃあ結構名が知れてるのよ、病院でも本を読んだ患者が増えてねえ……。そんな睨まなくたって、権力を持つと途端に気が強くなる人っているんだから。はいはい、続きですね、話します、いいます。六時を過ぎてレストランに行った。聞いてたでしょう、チーズのおいしい店、昨日海里と食事をした所に二年前にもいったわ。兄家族たちとそこで合流したのよ。あなたの次の奥さんと、対面を果たしたのよ。あら、いやだ、私としたことがごめんなさいない、配慮に欠けちゃって。許してよ、だって二年前の出来事を順を追って話せっていうもんだからさぁ。時間?一、二時間ぐらいね、アルコールは当然の飲めないし、食事はおいしいけど旅先での食事はどうしても食べ過ぎる傾向があるのよ、これでも一応医者の端くれですから、健康体は維持しないとならない。お酒が残ってるようにみえる?まったくその指摘がいっちばん嫌い。聞いて、次に言ったら私一言も話してやらないんだから。あなた正式な警察じゃないんだし、その許可証だって怪しいものよ。ええ、ええ、話しますよ」コーヒーを傾ける。「ホテルに戻ってシャワーを浴びて、ベッドに入るまではベランダで過ごした。一時雨が降ってたかしら、天気雨ね、下弦の月が出てたもん、ほっそい折れそうな月。月は見ものだって聞かされてたから。騒がしくはあったわ、似つかわしくないスーツを着た人が歩いていたけど、就寝前に警察が尋ねてくるまではその人たちが事件の捜査をしたとは、考えても見てよこっちは仕事を忘れて他人事から解放されに端末の電源を切って、何があろうとも帰宅まで世間の情報入れないって、決める心境に地下駐車場や一緒になるエレベーターの人物がまさか警察だなって思える?そうよ、部屋に警察が来るまで人が死んだなんてまったく予想の範囲外でしたってこと。あの時、つまり私たちがチェックインの手続きを経てた直後も直後、部屋を借りて殺された、まあどっちだっていいのよ。……私ひらめいたわ、ねえ、あの特別室なんていったっけ、そう、そう『ひかりいろり』。人気の部屋、あの部屋目当てのお客はわんさかいたはずよ、そう、ねえおかしいでしょ?すんなり部屋を借りれたわけ?帰省の日を合わせたみたいにこぞって泊り客が入れ替わったの?事前の部屋の予約は受け付けてないって門前払いを兄が言い渡されてた、チェックインに予約を最初にあの日に申し込む宿泊客が、亡くなった人だった。ははあ、発見時刻からその人が一番乗りってわけね、泊り客が全員入れ替わっていたら成立はするのよ。それはそうと、今年のつい数日前の二つの件は訊かないつもり?はい?死んだ人と知り合いだったかって?警察の資料だかに残ってるでしょう、そんなの知り合いだったらあなたは真っ先にそのことを関連付けて話を訊いてるじゃないのよ、だけど質問を受けた覚えはなし。……へえ、そう、じゃあ関係はありそう。だけど、断じて私とは無関係。もうよろしくて、これからお誘いを受けた殿方のお迎えに完璧な装いで出てゆきたいのよ、わかるかしら、用事はもう済んでいて、私はあなたに言い尽くしたっていう意味。ええ、随分お邪魔だったわ、非常識な時間に顔を見せたんです、これぐらいは聞き流してくれてよ。ああ、豆、コーヒー豆は忘れずにね、産地と銘柄を控えていて。ハーイ、サヨナラ、店員さん」
 荷物少なく、肩の荷が下りた。過去に起きた出来事は鮮明であればあるほど心配を、未だ見ぬ景色に情意を込め思い描く。 
 通路を進む、ざっつざっつ、靴底の小石と砂と土が擦れる、どれも元は一緒だ、床の石も。