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兎死狐悲、亦は狐死兎泣 11-5

 二年前がことの起こり、発端である。靴紐みたいにきっかけを紐解く、自ずと模倣者あるいは犯人の思惑とやらは自由気ままに片側先端の程よい厚みと硬さ、蝋の絞りがあちらから気を利かせ手を振り姿を現す。確証はない。何しろ事件を推し量るなど私が望む本分であった試しは過去のどの地点にも見当たらないだろうから。与えた流量に見合う解答が得られる脳の仕組みであるならば、の話だ。しかしだからといって闇雲、それから大量果敢に蛇口を反時計回りに捻ろうと欲しがる解は物量に反した結果を突きつける。
 突き抜ける四角柱の筒、その角にきりり見つめられ通過、彼女は二度左に曲がり南西の角部屋を訪ねた。
 ここでまったく予期せぬ展開に迎えられた、あるまじき対処、普段ならばきっぱり断りを突きつけてる、〝残酷〟を背負ってでも。美弥都は室田幸江の姪海里と彼女の自由研究、夏休みの課題を片付けるべく手を取られあれよあれよ、外に連れ出された。地下を出るその車両はほぼ定刻時に来訪するリネンサプライの業者が黄色いバン乗り込む間際を彼女が引きとめ、交渉、窮屈な助手席を美弥都と二人で共有し、車両のみの入退場を攻略、その後は植物を探索する手伝いを私にお話をききたいんだったら、と無邪気に提示される交換条件を引き受け、私は数十年間定期的な施術を受けた垂直必至の木々たちを横目に、前方左にそれらが途切れるまでずんずん時には立ち止まり彼女に付き添い、従い、レクチャーを受け、たまに知識を披露しても見せた。抜ける空の高さもどこか夏のそれとは色合い薄く、上空を無性に眺めてしまう。立ち止まった二人に観光客のレンタカーが軽快にわき目も降らず走り去る、訪問者と土地の者、地図とナビゲーションシステムが作る孤立。私の望む世界だ。近距離に潜み呼吸を繰り返すも接触や対峙を必然とは望まない、今後の人たちは当然として身につける感性なのだろう。この少女も一人で黙々が似つかわしいのか、それとも不釣合いな代物を、見守る大人が取り上げるべきか。情報を探り照らし合わせている。まずは画面を通じた情報の確認作業。図鑑で眺めた私と大差はないが、人は最初育つ植物を見る〝自然〟の指導が一般的なのだろう。根本を見誤り見過ごしてやしないか。他者の解釈が映像化、視覚化された遠くのまだ見ぬ植物と自家生成の映像は両者共にそのものの自体は見られてはいない。
「お姉さん、これを知ってますか?」私の瞳がひざ下から見上げ、真実を問う。名前など名称など呼び方などそこに私と誰か何かがいるとしてほかなにが入用なのだろう。私は私らしい人に昔の私に判断を決めかねていた頃に向かい答える。
「毒性の強い花。扱いに気を使う、丹念に似た種類と見比べる基準を知りそれは初めて摘むことを許される花」
「私、触ったわ。どう、しよう」
「根に毒は宿る。花びら、葉、茎に毒性はない」
「良かったぁ」少女は駆け出す。「あっ、まって」
 風を操るトンボと彼女はコマ送り、空間を次次遠ざかった。