コンテナガレージ

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鯨行ケバ水濁ル 梟飛ベバ毛落ツル 1-6

「だが凶器、死因は水と判りきっていて水自身が意思を持ち立ち上がり襲ってはこない、だから安心だ、意見は理解してます」
「関心云々は部屋に宿泊した酔狂な人物がたまたま押しつぶされ寿命を終えた。そこに行かなければ、行くはずもなく、行けるわけがないよ、人の安心が勝ったのですね。そこへ数日前、一人が殺された」
「二年前の一件を『確固たる殺人』に高めてしまう因子が小笠原俊彦氏の死であり、再びあなたは依頼者、同じ方なのでしょう仕事を受け嗅ぎまわる」
「最後の表現は納得いかないですが……まあ良しとします。あなたと長々お話する機会は貴重な財産ですよ、僕にとってはね」
「コーヒーを差し上げます。送迎と喫煙場所提供のせめてもの返礼です」美弥都は付け加えた、頼みごと。「一つお願いを。二年前被害者の氏名だけで結構、調べてください。無理強いはしません、危険に見合う謝礼を私は持っていませんので」
 美弥都はフロントに向かう、係員の兎洞と一瞬視線を取り交わした。運転席のドライバーが呼びかけた。私は聞き流すつもりだった。もう十二分に礼を尽くした、と捉えていたから。〝過剰〟を私は捨てて生きる。身軽、とはそういうことだ。
 口の形をはっきり思い出す、思い出せはする造作もない他愛もなく意図も容易く私は記憶を呼び起こす。ところが、あの探偵の言い分がゆらゆらと瞼の裏に漂う。フロントで封筒を受け取る、兎洞にもし可能ならば休憩時間に喫茶店へ足を運んで欲しい、と頼んだ。支配人には話は通してある、確認を取ってくれてからの判断で構わないので、美弥都にしては行過ぎる配慮。
 通路。「あれはいったい……」美弥都は呟く。部屋に戻る、シャワーを浴びて汗を流した、多少お腹が空いたかもしれないが冷蔵庫を漁って食料をむさぼる衝動は夢のまた夢なのだろう。鈴木からのファックスを読み進めるベッド、枕元の受話器を取ってフロントへ鈴木の端末に繋いでもらう、料金はこの場合警察かはたまたホテルが持つのか、店に請求書が回ってくるかも。回る、たらいまわし、一度はほかに要求をしたということのようだ。「もしもし、日井田です」
「部屋を、今すぐに、飛び出してください!」破裂音が耳を劈く。冷えた脂肪が冷たさを知覚する湯船に私は浸かっていたらしい。