コンテナガレージ

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鯨行ケバ水濁ル 梟飛ベバ毛落ツル 5

 八月十五日 


 九日を振り返る、手帳の引き渡しは延期となりしばらくまた荷物が増える。ついでに書いてみよう、気まぐれだ、途中でペンを置くこともありうる。『失踪』を遠矢来緋が誰に訊かれるでもなく自発的に休憩室、木質のテーブルに語った内容が顕わ、ふとした時間に間を襲うので書き留めて消化を目論む。
「大穴に入る、二度と出てこられない、片道切符を常とする。人は一度しかそこへ行けず、行ったきりが約束である。一人の少女は切符を持たずに穴に入ってしまいました。穴は暗く振り返って入り口はずっと遠く、人と一度だけすれ違いました、暗くて表情は窺えません。屈む。穴が狭い、けれど少女はなに不自由なく穴を歩けた。穴がずんずん広がる、光が見えて、出口です。町が眼下に見下ろせました。人を訪ねます、何処なのか知りたいのです。しかし誰も口を利いてくれないどころか目もあわせてくれません。犬には吠えられるし、忙しいのでしょう。諦め漁の仕度に精を出す男たちを眺めました、町は海沿いに集落が数十隣接し肩を寄せて暮らしを営む、ここら穴のあたりは土地勘があります、しかしながら一向に見覚えのない海沿いの景色に首をひねります、ひねります。しばらくそうしているうちに空腹に見舞われた私は、野いちごを摘みました、焼け石に水です、食欲を駆り立て胃腸がうるさく喚くものですから、いてもたってもいられず川の水をたらふく飲み込みます。これも根本的な解決を遅らせたに過ぎません。戻ることにしました。そうしたら村人に呼び止められ、家に招かれました、食べ物がそこには用意されていたからです。食べて、それから戻ろう、御礼を言って帰ろうとしました。ところが、帰れません。穴が見当たらないのです。崩れた様子も見当たりません、ひとときを過ごした、天気も程よく日が差し雨風は止んでいました。どうしたらよいものか、あたりを探し回りました。見つかる気配は微塵もなく、日がとうとう暮れ、ある男が家に招きいれてくれた、無口な人はこんこんと語りました。私はあなたの世界からこちらへ手違いで踏み入れた、こちらの食べ物を口にしたものは決してもとの世界には戻れない。数人、あなたのような私のような迷い人が穴をくぐります、その都度事情を説明しますが、食べてしまっては手遅れなのです、と。知っている者が数人いた、どこかで見かけたような人も村に住んでいる。そこで、住むことになった。なぜだかお腹は減らない、魚を捕るのは神様にささげる分だそうだ。少女は次第に人に見られる、姿を視認されるようになり、空き家を貸し与えてもらい生活を始めた。あちらの世界で少女は少女のままであったそうだ」