コンテナガレージ

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鯨行ケバ水濁ル 梟飛ベバ毛落ツル 6-1

 二枚目に書かれた文章が脳裏を過ぎった、彼女にとっては造作もなく記憶し収めた画像を一枚脳裏に引っ張り出しておしまい、目の前に現物があるかのようにそれは鮮明であり脳内に留まる限りは取り込んだ記憶そのもの、劣化とは無縁である。
 勘違いにもほどがある、何たる失態。
 天窓をひっきりなしに叩き踏ん付け音を出す日に焼けた薄茶色の髪が、覆い隠す小ぶりな、卵型の顔が、必死に泣きながら呼びかけていた。ほっと胸をなでおろした、少女の救出劇は約三十分後に完遂した。消防へは連絡せず近隣農家に長梯子を借りて戻るのに二十分近くを要し、抱きかかえる救出は五分程度、梯子の昇り降りにかける時間と大差はなかった。命は救われた、失われる状態にすら至ってはいたのかすら、子供が遊び場に屋根を選ぶことなど自ら経た時間をさかのぼりそれらは当然の成り行きであるだろう。
 部屋に持ち込んだアルコール、ボトル一本の丸々摂取により室田幸江は酩酊、係員の応答にドアを開けた時刻は喫茶店を閉める午後の九時前のことであった、という。店じまいの後片付けに取り掛かる美弥都に支配人山城が状況をわざわざ報告しに顔を見せた。気前がよかったのだろうか、私から飲み物の提供を薦めた。ここではすっかり他人事に立ち返っていた。
「自力で回廊の手すりを足がかりに庇へ飛び移って、そこからは腕力に頼り足を掛けた、何でも卒園した保育園が〝自然〟を取り入れた教育方針だそうで、木登りは朝飯前だとか」関心、頷く山城は綻ぶ、血を分けた子供に向ける眼差し。引っ込め、真顔の仮面を取り付ける。「降りられなくなったところを日井田さんに見つけていただいて本当に感謝しております。室田様があの状態でしたから今日中に見つけられて何よりです。……ところで、」美弥都は遮った、問いはひとつしかありはしない。鈴木の報告は黙っていることに決めた、二年前の少女失踪を仄めかすと行動監視をつけられる恐れがある。窮屈は何よりも避けたい。
「二階に出入りできた人物に私も数えられる。空耳かとも思いました、泣き声は窓を開けた刹那聞き取れました」