コンテナガレージ

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店長はアイス プロローグ1-1

 大嶋八郎は日課のランニングに出かけた。空は澄み渡り、快晴で気温も高く過ごしやすい陽気。日中は暑さに嘆くのだろうと予感する。柴犬のコロを連れてのランニングは日に日に走るペースが落ちている、ここ数ヶ月でコロの体力低下が如実に見て取れた。そのため、今日もほとんど歩く程度のスピードでしか走れない。五十を過ぎた体を酷使するな、という戒めだろうか。ランニングとはいっても平坦な海沿いを走るだけなので負荷は距離次第だ。食品メーカーで新商品の開発に携わる彼は仕事での飲食は避けられない。しかし、一グラムでも脂肪は取り除きたい。ただ、これまで特別、運動に縁のない私が血相を変えて脂肪燃焼に取り組んだところで一週間や二週間では門前払い、取り合ってもくれない。とにかく、謁見だけでもとランニングを続けている大島八郎である。
 出張以外の毎朝、自分がコロを連れ出しているので、最寄り駅までの往復分を歩いていることにはなる。けれど、それでもまだでっぷりと張り出たお腹は歩くたびに揺れる。散歩は娘の担当であるが、顔を合わせても朝の挨拶すら交わされない毎日だ。返事ぐらいはしろ、と叱ったのだが、睨まれて終わり。まったく、誰のために生きているのやらと朝から思いやられる。それが嫌で今はもう何も言わなくなった。家内も思春期だから、高校生になればもう少し変わるわよと、やんわり諭された。
 手押し信号のボタンを押して海側に渡る。停泊するヨットやクルーザーは私には景色の一部だ。手の届かないシロモノ、まあ特に欲しいとも思わなかったのだから、気に病むこともないんだろう、と彼は思う。コロが振り向いて彼を見た。意思を示したい時のコロの仕草だ。つぶらな瞳はまだまだ健在でかすかに潤んでいる。私と同様、歳をとったと感慨にふけるのもつかの間、コロがぐいぐいとリードを引きルートから外れるように意思を表す。大嶋八郎は仕方なく、海岸へ続く階段を降りた。そこは入り江まじかにヨット、クルーザー、ボート、などが波に揺れて優雅に漂っている。潮の香りが鼻を突く。コロも海の香りに寄せられたのかと思うが、いつもはこの道を歩かないのだ。犬も気分転換を欲するのかもれないと妙に納得、先へ進んだ。
 左手にテトラポットが細長く陸から突き出している。見上げると暑い、もう日差しがまぶしいくらいだった。顔をしかめる。右側はコンクリートのひんやりした冷たさが触れなくても伝わってくるので、日差しを見ないように壁際によって歩いた。
 前方にベンチがある。誰かが座っているようだ。この時間帯にはめずらしく若い女性だ。何をしているのだろう、大嶋八郎は関心を抱いた。女性としてではなく、性別を問わず若者が姿を見せる時間帯ではないのだ。無関心を装い、近づく。進行方向がたまたまベンチの先なのだから、と言い分も考えつつだ。
 コロの引きが強い。ぐんぐんと地を這うようにいつも以上に私を引く。さらに接近、五メートル。横顔が見える、でもなんだか眠っているようだ。いいや早合点はいけない。娘に寝ていると思って肩を叩いたら、脅かさないでと怒られたのだ。娘は音楽を聴いていたらしく、髪に隠れてイヤホンが見えなかったのだ。三メートル。おかしくはないだろうか、首が幾分力なく斜め、垂れているようにも見えなくもない。顎を引いているだけなのかもしれない、大嶋八郎は考えを改めた。気になるならば声を掛けるのが一番だ、ただの挨拶だ。いやらしい気持ちは神に誓ってない。それでもこの場面を娘に見られたらおそらく今年いっぱいは口をきいてくれなくなるだろう。