コンテナガレージ

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店長はアイス 恐怖の源2-1

お題「コーヒー」

 先週の気温上昇に比例し、昨日、一昨日の週末は特にお客の足が途切れなかった。日井田美弥都は店内の床を箒で掃き取ると集めたゴミをハンディタイプの掃除機で一気に吸い込んだ。掃除機の排気で埃っぽさをより感じるが、窓と入り口を開ければすぐに匂いは解消される。美弥都が勤めるのは海沿いの喫茶店、平日の客層は近隣の大学生と近所の高齢者、残りはふらりと立ち寄ったライダーやたまに雑誌を見てわざわざ足を運ぶお客といったところだろう。
 美弥都は、仕入れた豆のチェックを行う。三種類の荒さに豆を挽き、味を吟味する。最も適している挽き方を選び、パックにつめて販売するためだ。二週間に一回のルーティンである。今日がその日。開店、間際にコーヒーを啜る。エプロンにはお客の忘れ物、カバーのない文庫本が入っていた。立ったまま、カウンターの中、シンクに腰をあて体重を支える。数日前の記憶をめぐらした、一人できたお客、たしか女性、彼女が本を読んでいた。本を読むために喫茶店を訪れる人物はこの店では稀だ。もちろん、美弥都がお客の一人を覚えていたのは彼女の記憶力によるところが大きい。彼女は幾度か警察に捜査協力、助言を求められるほどの頭脳を持つ。だが、当の本人はそれら謎解きにはまったく興味がなく、しつこく店を訪れる刑事を追い払うためになぞを解く、と言い換えた方がしっくりくるだろう。美弥都は記憶の隅に彼女の存在を残していたが、重要度は低かったのだろう。解像度を下げて保存していたから、映像を鮮明に再構築するまでの時間が必要だっただけ。とっくに記憶はゴミ箱に投げ入れた、美弥都である。