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店長はアイス  過剰反応5-4

「今日のプレゼンもどこかで見かけたような商品でしょう……、売り上げの期待は見込める。しかし、ヒット商品とはまったくといっていいほどかけ離れたもの。大嶋さんが責任者ですから、わかっているでしょう」

「だから、次回はやめにしようと言っている」

「責任者は大嶋さんです、好きにしてください」副室長はトレーを無造作に持ち上げた。

「おいっ」大嶋は副室長を呼び止める。が、そのまま行ってしまった。

 同僚たちは私に注目する。それでも声はかけない。開発者は頻繁にどこかれ構わずお互いの意見を主張しあう、喧嘩や言い争いに映るのは一般の職員、つまり開発に携わらない、事務方の人間だ。だってほら、もう誰も私を見てやしない。大嶋は納豆を混ぜると白米にかけて、ずるずる音を立てて口に運んだ。朝食を取り損ねたおかげで、いつもよりも食事がおいしい。食堂で食べているからだろうか、その先は考えないことに決めた。突き詰めると良好な家庭環境を汚染しかねない、と大嶋は食事に集中した。

 案の定、副室長は午後の会議で顔を合わせると、ケロッと子供のように諍いに映るやり取りを忘れ去って、私の意見を消化したらしい。

 ミーティングはない、その報告のみで切り上げた。部下たちは久々の時間的余裕に気を良くし、早速打ち上げ会場の選択に取り掛かっていた。私も誘われたが、彼らの目当ては私の財布の中身である。私は君主制の一家臣であって、家計の財布を握る大臣に賃上げの交渉はもうかれこれ十年以上は行っていない。よって、私には余分な出費の余裕はなく、上司としての威厳を支払いで保てないのだ。不満はない。陰口もおそらくは叩かれているだろう。飲みの席で語らいあわなくとも意思疎通になんら支障はないのなら、風潮に私を合わせることないのではと大島は思う。

 個室を出て、デスクに戻る。簡単に次回の新商品を報告書にまとめた。時計を見ると、まだ三時を過ぎたばかり。部下はぞろぞろと仕事場に別れを告げてビアガーデンに繰り出した。残されたのは私だけ。ぼんやりと人気のなくなった室内で今朝の出来事、警察、刑事との遭遇を思い出した。椅子の動きに任せてだらしなく惰性で回転を試みる。しかし、ただ人がベンチで死んでいた。そのベンチの下には逆さまに印字された文庫本。多少、本は違和感を覚えるが、死体の持ち物であるとはいえない。ここ数日は天気が続いた。ふやけていない、サラサラで綺麗な紙だった。ばかばかしい、こんな事を考える暇があるなら、家に帰りくつろぐべきだ。けれども家に安泰、つまり私の居場所は愛犬以下の位置づけ。大嶋はうだるように上がった気温を恨めしく思う。今日に限って、気持ちとはウラハラの空模様。時間を潰すにはどこがいいだろうか、もう寄り道を考えている始末。仕事を離れるととりえのない私がいる。心の隙間は暇な時に姿を現すのが通説、判りきったことではないか。夢中であれば無駄な考えが入り込む余地は一ミリもないのだから。だったら、そうだ、何かに挑戦してみるとかはどうだろうか。そうだ、本でも読んでみるか。数日はアイディアの捻出に追われるのだ、新しい観点を取り入れるとするか。本、あの本にしよう。しかし、不謹慎ではないのか。本はいつも売られているのだ。きっかけは問わないさ、といい含めた。

 そうして大嶋は暑さの残る外気をまともに受けて会社を出た。