コンテナガレージ

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店長はアイス  過剰反応7-4

 黙っていれば、余計な考えが支配する。急がせるんだ。私は、何も考えなくても生きられる方法を見つけたではないか、もうあの人さえ生きていれば、生きる喜びを持ち続けられる。
 大嶋八郎は立ち上がって見上げた。しかし、また体はベンチに戻された。
「あれっ?」頭が揺れて視界が揺れる。
地震?」目の端が赤く染まり出す。薄い膜が両目を覆った。ずっしりと後頭部に痛みがはしる。足元がふらつく。「いけない」、そう口にしたとたんに、記憶が遮断された。
 何も見えない空間。
 前も後ろも上も下もどこもかしこも暗闇。微かな浮遊感。疲労困憊のサビツイタカラダとは大違い、目は見えているのか、それともつぶって真っ暗なのか、とにかく暗い。
 曖昧な記憶をたどる。……ベンチ、そうだ、ベンチに座っていた。場所はどこだっけ?……思い出せない。これは夢か?
 視線を感じた。振り返る、漆黒の闇が見える、いいや奥行きや目が慣れてもおそらくは見えない。しかし、誰かが斜め後ろから見ている。五感は便利だ。一つが失われてその他が補ってくれる。視覚はもしかすると必要がない最も重要だと思われた感覚も、元を辿れば映像を脳内で再構築した情報を映像として捉えているのだから、リアルとはいいがたい。
 頭が痛い。今度は額が痛い。殴られたかもしれない。見えない。
 声が出ない、出しているつもりでも私は聞く手段を持たない。耳があるのにただの作り物みたいだ。
 あの人の名前を口にする。
 眠りの落ちる一歩手前の感覚だ、一押しで私は消える。
 もう一回呼んだ。
 家族の名前を呼ばない私に笑えてきたけれど、堪える口元も腹筋の感触、体を持っている感覚は空気みたいに空間に溶け出し透明で一体化、見えなくてでもそんざいしているようだ。
 洋上に浮遊する半月の眩しさに驚愕の表情も水面に映らず、ただただ波が揺れた波紋だけが見えそうだった月の姿を空に返した。もともとの居場所に戻れるのならば本望か、新しい思想だ。取り入れてみようか。私がいなくても私が優先されるべきは私が見る世界で、それはもちろんこの世界なのだが、もう凝り固まった意思を解きほぐす手段はみあたらないので、こうして溶け出してもう一度、還る時を待つ。
 導く光の軌跡を辿れば私は光そのものに姿を変えた。
 取り込んで内に留めるつもりだったのに、反対に相手に食べつくされてしまった。
 あたりを埋め尽くす光の空間が私。