コンテナガレージ

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あちこち、テンテン 1-1

「あのう、ランチタイムはもう終わりましたよね?」店頭の黒板に営業時間ははっきりと明記してあるし、飛び込んで店に現れた汗だくのジャケット姿の男性もその自覚は持っている言い回しであった。腑に落ちない、なぜ理解しているならわざわざ店に入り、尋ねるのだろうか、店主は作業の手を止めた。
「四時までは仕込みの時間ですから、満足なものを提供できません。申し訳ありませんが」カウンター越しで丁重に入店を断った。男性の顔は見覚えがある、ランチライムの常連客だ。乱れた頭と、いつもとは異なる服装によって認識にずれが生じた。
「あのう、ですね、カウンターでもどこでもいいので、座らせてはもらえないですか?」言葉遣いは丁寧だが、要求は非常に強引である。また、この店にこだわる必要性もないように思う。いくらでもこの近辺であれば、数メートル先に飲食店はひしめいている。頑なに熱望する理由がわかりかねた店主であった。
「申し訳ありませんがお引取りください」リルカが野菜の詰まったダンボールを胸に抱えて男性と対峙した。彼はひるみ、カウンターに助けを請う眼差し、眉が綺麗な八の字を描いていた。店主はため息をついた。ルールの破棄は一度でも行えば、二度目が起こることは必然である。そのリスクを負ってでも提案は受け入れるべきだろうか。彼は平日のランチに食事、七百円を五回消費。これが月に四回。仕方ないか、彼も無理を承知で店を訪れたのだ、無理を言えば簡易に時間外で入店できるとは流布しないだろう。
「館山さん、通してあげて」
「ありがたいことです、おやさしいことことこの上ない」男はすすっと、館山をすり抜けて店内に数歩侵入した。
「なに、この人」館山リルカが呟く。
「カウンターへどうぞ。館山さん、お水を」彼はそそくさとあるいはいそいそとまるで、先ほどの悲壮感を脱ぎ捨てて、いやに軽快に椅子に座るのだった。一品ぐらいは、と店主は作業工程に若干の修正を加えた。
「はぁい」あからさまな不満を含んだ返答の館山も仕事と切り替えて、ホール係の国見蘭の代わりにお冷を差し出す。国見蘭と小川安佐は休憩に入っていた、店には店主と館山リルカの二人。そういう時間帯である。
「ハンバーグは、作れますか?」男は一口、水を流しいれると人差し指を立て、畏まったように言った。
 ハンバーグか、店主は瞼を下ろす。時間とお客の信頼を天秤に掛けた。時間のロスよりも優先すべきは目の前のお客だ、材料は揃っている。がしかし、ひき肉の仕込みはこれから取り掛かる作業である。「わかりました。ただ、多少お時間を頂くことになります。通常の提供時間よりも遅れることをご理解いただけますか?」
 男の顔に赤みが増し声が明るく高い。「ええ、ええ、それはもう、大の大丈夫ですよ。待ちます何時間でも。今日は食べられないかと思っていたんで、はあ、今日も捨てたもんじゃない」店主の手は淡々と捏ね、材料を投入、味を加え、カウンターに背を向けるまで男性の一方的な独り言は続いた。