コンテナガレージ

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あちこち、テンテン 2-2

 霞み目に目薬をたらす。ティッシュの代わりにナプキンで目をぬぐった。三神のほかにお客は二人、両者ともPCを広げてる。三神の席は電源が確保されていない席である。三神はバッテリィの警告を目安に席を立ち、場所を移す。次の店もしくは自宅で電源を確保するルーティン。今日は意識が散漫だ。考えがまとまらず、集中力を欠いてしまう。週に一度到来する儀式のようなもの。情報が圧縮されるまでの待機か、強制的にこちらから処理を施すか、考えどころだ。あまり、積極的には動きたくはないのが本音。締め切りの猶予は一ヶ月先。翌週の締め切りは別原稿のゲラ締め切り。こちらは、以前に雑誌に掲載された文章の細かな修正がメインの作業で労力は時間をかければ、こなせる。おおよそ、二日で仕上がるだろうと算段を踏む。今日は進めようとする意志が感じられない、おそらくはただ文字を打つだけだろう。何もしていない時間ほど無駄。三神は気分を変えるためゲラに作業を移行した。
 鞄を探るときに窓の外、地上の景色が目に入った。傘である、斑点をあしらった傘だ。天道虫の模様が反転したように、黒地に赤の水玉模様が進む。空を見上げてもビルの窓、多少広がる雲は白く雨を降らせる要素は微塵もないだろうと想像。階下、日傘にしては雨具の大きさ、それに重量を上から、遠くからでも感じられた。傘は、左右、前後、上下にせわしなく神輿のように跳ねる。通りは一方通行で車は滅多に通らない。三神に道の性質を思い出させた要因は、傘の所有者が大胆に道の真ん中を蛇行しながらそれもかなり遅めのスピードで歩いているからだ。人はもちろん、傘を避けて振り返り、写真も撮影している。格好が派手なのだろうか、三神の視点はほとんど真上に近い角度であるため、人物の服装はわかりかねた。隣の席のお客も外を眺めている。
 傘が回転した。すると、これまでの避け方とは異なり、小走りで通行人が距離をとった。何が起きているんだろうか。三神の右手は鞄に突っ込んだままである。
 水玉の赤が崩れている。模様ではなく、液体だったらしいが判別は難しい。前のお客は端末で状況を撮影、シャッター音が目を引くぐらいの音量。非常識な光景をデータに保存する行為はもはや、記憶としては残されない。写真もとりあえず収めておくのが習慣に。見返すのだろうか、おそらくは一度も見返すことなく消去されるのがお決まりの流れだ。それぐらいに、情報は巷に溢れているのだから、本を手に取り、書店や通販で購入し、読む行為がいかに選ばれた行動であるかが伺える。
 だらりと傘の模様が液状の飛散によって崩れてしまう。三神の席の真横に階下の人物が到達した。停止する。動きがない。そうかと思うと今度はしゃがんで身を隠した。スカートが見えた、女性だろうか。
 傘は持ち上がる、また左右に波を打ち、移動。
 次の瞬間、傘が突風に煽られ回転。
 人の手から離れる。
 軽々と縦に回る、綺麗な伸身の宙返りだ。
 傘の内側は真っ白。骨組みは黒。持ち手の柄が赤。
 傘に移った意識を傘の持ち主に戻す。
 地面に突っ伏していた。