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ゆるゆる、ホロホロ3-2

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「先ほど、フロントでメッセージをお預かりしました」白い手袋で普段は絶対に使わない顔の皺と語尾が高い鼻につく声。折りたたんだ紙が手渡される。

「どうもありがとう」

 頭を下げてボーイはドアを閉めた。

 鍵を閉めて立ち去ったことをドアホールから確認、警戒心は体験によって自然に培われるのだと知れる三神である。先に香り立つコーヒーをカップに注ぎ、暖かい液体を流し込んで紙を開いた。

 増刷は一ヶ月延ばせ

 血の気が引く、窓に映った自分すら怖くなる。夜道の影や木々の揺らめきが人に見える恐怖の作用が一瞬で膨れ上がった。誰だ?タイミングが良過ぎる。落ち着いて考えろ、まずは糖分を吸収してあまたを働かせることが第一だ、部屋には自分だけ、他には誰もない。そうだ、深く息を吸え。メールを開くタイミングは、この時間に作業をしていることを予測できれば、はかれる。しかし、メッセージの開封はどうだろうか。うん?待てよ、メッセージをわざわざ部屋まで持ってきたりするだろうか。ルームサービスのついでだとしても、思い出したような届け方は不自然な行動と受け取れる。胸ポケットから紙のまま取り出してもいた。

 姿の見えない相手からの脅迫。まったく。アイスと一緒にパンケーキを口に押しこんで、安堵を得る。デスクの携帯が振動した。番号は一部の人間にしか教えていない。

「はい」

「脅迫は受け入れて?」取引相手の女である。

「なんで知っている?盗聴器でも仕掛けたのか」

「そんな細かいことを気にしてる猶予はないの。時間が惜しい。用件だけ伝える。本の増刷は何かと理由をつけて出版社の申し出を断り続けて。私が良いと言うまでよ」

「ネタはこっちが考えた、もちろん執筆もだ」

「あなたは断れる立場にはまったくいられない。二度も言わせないで欲しい」

「理由は?」

「そうね、回りまわるとあなたに提供したネタに関係している。これ以上は教えられない」

「襲われる心配は?」

「私の部屋にでもお招きしましょうか?」

「ふざけている場合かっ」

「ホテルのセキュリティはしっかりしているとは思うけど、強行突破ということも考えられるわね。そうなるとあなたの身の安全は保障できかねる。あなたは連れ去られ、書き直しを要求されるでしょうね」

ゆるゆる、ホロホロ3-1

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 今日はどこに行っていたのか自分の行動の予見を問いただしても明確な理由を得られる期待は薄いだろうか。三神は警察の追跡と取引相手さらに正体不明の見えない相手に応じるため、丸一日を市内の移動に費やした。通信回線の整ったホテルの一室でPCを開き、今日の分のノルマを書き上げた。残りは約六割、クライマックスに向けて後は流れるように書き進めるだけだ。はじまりが険しく、終わりはむなしく惰性で坂を下れる。小説よりも現実が凌駕する体験は人生始まって以来の出来事だろう。しかし、小説の構想を奪ったとしても、世間には私の作品が公表されている。二番煎じでは模倣のレッテルを貼られてしまう。それなりのヒットを記録しているし、十代から熱狂的な支持を受けている現状において、アイディアの活用は既に失われている、そう結論付けるのが妥当。彼らは一体なにがしたいんだろうか。もしかすると、私を殺すことが目的かもしれない。いいや、それなら部屋に侵入する意味がない。居場所を知っているのだから、襲うチャンスはあったはずだ。わからないことだらけだ。あの女は証言を偽れと言うし、まったくどうなっているのやら。

 雨に濡れる窓を眺めて宅間は休憩を入れる。コンビニで買った無糖のコーヒーを傾けた。ベッドに腰を下ろすとメールが届いた。視界の端で画面が動いたのだ。出版社からのメールである。小説家業の初期に世話になった出版社で、文庫本の増刷のお知らせであった。いきなり増刷の知らせが舞い込む場合はメディアに取り上げられるか、有名人が紹介するとか、突発的なアクションが波及的な効果を読者層に広め、書店にくすぶる在庫の限りを売りつくして増刷がかかるのだ。増刷に際して、再度ゲラのチェックもお願いしたいとも書かれてあった。だだし、増刷を促した理由が文章には添えられていなかった。気になったので、三神はネットで調べることにする。タイトルとここ一週間の限定的な検索をかけたら、目撃した事件が出版した過去の小説の内容に酷似しているらしいことが判明した。

 思い返すと確かにそういった小説を書いたことはあったが、それほど似ているとは思えない。読者は作者よりも、作品の細部を記憶する傾向はどの作者のどの作品においても類似の傾向として知られているか。過去の作品を私は忘れていた。殺されるのは三人。いずれも少女。犯人の人物像は、……思い出せない。三神は両目のまぶたを軽くもむ。頭が回らない、糖分が足りていないのかも、ベッドの受話器を取りルームサービスで軽食、パンケーキを頼んだ。いつからホットではなくなったのか、その違いは知っていたが求める側の気持ちはあまり変わらない。

 ゲラの送り先を考えあぐねた。自宅ではまた襲撃の恐れ、しかし、家に届けられない理由も思いつかない。ホテルで原稿を仕上げていると言えば、いいのだ。それにはゲラが届くまでホテルに滞在しなくてはならない、かなりの出費であるがこれまでの生活を捨てるよりは大分ましなことに思えると、身を引き締めた。

 ドアがノック、ボーイが台車に載せて料理を運んできた。ついでにコーヒーも頼んでいた。恭しく丁寧なお辞儀で部屋を出る間際に、ボーイが三神に告げた。

ゆるゆる、ホロホロ2-7

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「犯人が違った場合の、少女の死はどう説明するのかしら。犯人は出てこないわ」
「管轄先に指揮権が移行されて我々にはもうその、捜査権は失われてしまったのです。ですから、ここへ来たのも本来ならばどやされる行為でして」
 長々と話が時間を飛び越えたかのようにふくらみ、従業員の出勤時間が迫っていた。仕儀は準備を理由に刑事たちを帰した。
 気分が乗らないのは自分を客観視を放棄している証拠であると、私は見なしてきたけど、今日は素直に落ち込みを認めるしかなさそうだ。
 雨は上がったけど、気分晴れない。
 それどころか私の体内にだけ雲が掛かって雨を降らせようとしている。
 いっそのことなら大雨を降らせてしまえばすっきりするのに、落ちそうで落ちない厚い雲が停滞して離れていかないのだった。


 従業員が出勤、挨拶。
 振舞えている、いつものように。
 胸を刺されている感覚に襲われる。
 長い一日。私は母親なのだろう。
 何も施していなくても、産んだのは私なのだから。
 痛がっているのがその証拠。
 お客が来店、笑顔で迎える。来客には関係がないことだ。
 そう、そう、本来なら私も娘ではないのだから、関係がないの。

ゆるゆる、ホロホロ2-6

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「そうです。なので、早急な保護が必要なんです」
「殺されているわ、みすみす見逃すはずがないもの」取り乱している自分が手に取るように感じられる。手の振るえと、足の冷たさ。考察の限りを尽くしても求める答えにはたどり着かない、これが妥当な意見。娘が姿を見せることで事態の収拾と事件の一部が明らかになるとは思う。だが、もう一件の事件も忘れてはならない。
「娘の生存の確率を大体でいいから、パーセンテージで教えてくれません?」首を垂れた仕儀が言う。
「おおよそ……」
「種田!」熊田が正直すぎる種田の返答を遮る。ありがとう、感謝。
「失礼しました」謝っている、感という字が頭につくだけで意味合いが違う。何で今こんなどうでもいいことが思いつくんだろう。押し付けられたような首を引き上げる。
「ぬか喜びをさせてしまうかもしれませんが、ひとつ引っかかることが」熊田は透明な目で声を出した。そっと触れるような問いかけであった。「二人目の被害者は、少年でした」
「……ニュースでは少女と言ってました。誤報ですか?」見間違えたのではということを聞かれていたのを思い出す。しかし、それは一件目の私の娘に似た少女についてである。
「あえて被害者の性別を偽りました。これは後で修正します。犯人をあぶりだす罠ですよ」熊田は口を押さえ咳払い。「事件は他殺。二つの事件の犯人は異なるのではないか、という意見も罠を仕掛けた理由です。仮に、同一犯であった場合、犯人は一件目との比較を求めるでしょうから、極端に二件目はメディアに流す情報を制限する。そうすると、犯人は三件目の犯行を企てる、そこを我々が捕らえる。また、犯人が異なる場合は、二件目が一件目の模倣であることとその犯行の稚拙さや一件目との比較を明確に示すことで犯行の再現を迎気させる」