コンテナガレージ

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自作小説-ガイドブックを探しています

回帰性4-4

「火をつけたのは当人とは限らないのでは。その点は想像ですし、歩いたという言い回しも遺体という言葉と矛盾します」美弥都は評判の良かった新しい器具に豆を換えて、コーヒーを淹れる。刑事達へは通常通り、フレンチプレスでコーヒーを抽出する。 「言葉の…

回帰性4-3

一人残っていた常連客も昼食を摂るのだろう、会計を済ませて店を出た。 店には美弥都一人だけである。からからと天井の羽が、温まる空気を循環させている。正午を迎えて、美弥都はストーブの火を最小に設定、二階のストーブも同様に、そして二階上がったつい…

回帰性4-2

「雑味が少なくなった」白髪まじりの常連客がカバーのついた文庫本に指を挟みつつ、感想を述べた。美弥都を見る。「代わりに淡白さも顕著になったように思います。私なんかの意見で良かったんですかね」何も知らない、味のバリエーションを舌で感じずに過去…

回帰性4-1

抜けるような青空に気を取られないよう、日井田美弥都は海岸沿い、歩道のない道を勤務先まで歩く。海に流れ込む川の表面が白く固まる。下面では水は流れているのだろう。美弥都は橋を渡り、店に並ぶ行列に絶え間ない視線を送られながら、出勤した。 午前十時…

回帰性3-2

「あなたを私たちの側に引き抜く話が一部の組織から持ち上がっているけれど、あなた、オファーがあれば承諾するかしら?」 「時と場合によりますね」部長は聞き耳を立てる斜め前の乗客を把握。わずかに横を向いた目線をじっと見つめ、こちらの意識を与えてか…

回帰性3-1

T駅前北口、四階建てのショッピング施設にある駐車場に車を停めた。O署の遺留品保管庫から盗み出した例のガイドブックともう一冊をコートのポケットに入れて、部長は駅前のロータリーを歩く。 夕焼けに染まる空を覆い隠す雲は紫色に色を変えている。ずらりと…

回帰性2-7

埋もれる、雪が進入するブーツをずんずんと先へ進めた。 焼けるような匂いが鼻を突く。 咄嗟に口元を手で覆う。 生き物が焼ける、髪の毛が焼ける臭い。 過ぎった想像はおそらく正解だろう、アイラはスピードを緩めない。 テープの直前。膝下が埋まるほどの積…

回帰性2-6

アイラは廊下に出て、端末を操作、タクシーを呼んだ。五分ほどでやってきた車両にアイラは乗り込む。「T駅まで」、と告げて、ぼんやり建設予定地を車窓にあてはめて想像を膨らませた。 ガイドブックの画像が鮮明に蘇ってしまう。 それほどの私にとって強烈な…

回帰性2-5

「あっと、そうですね、どうしよう」秘書は胸元のカバンをわずかに抱きしめ、手を軽く握った。 「強制はしません。必要なら車を借りに行くまでのことです」 「嫌だと言っているのはないんです、その……」 「あなたの拒否であなたを貶めたり上司に告げ口をして…

回帰性2-4

「あなたの指示でしょうか?」 「要らない心配をかけて欲しくなかったのです。こちらの配慮ですよ」かばうようにネイビーの役員が取り繕う。見え透いた嘘。アイラは目をぐるりと回した。視界の端にいる天井がこちらを覗いている。 「女性の死体が発見されま…

回帰性2-3

「効率化ではなく、失敗の対処です」 「同じでしょう?」野太い声と大きいボディアクションで男は問い返した。 「二度同じミスを繰り返さないために従業員を叱らないで欲しいのですよ」 「それでは一向に問題の箇所は改善しません、何をおっしゃっているのわ…

回帰性2-2

公民館における会合には、山遂のほかTAKANO建設の役員、山遂の直属の上司がいた。彼らは、アイラよりも先に席に着いて、アイラは出迎えられた形になった。 無駄に笑うのが日本のビジネスマン。気味の悪い、たくらみごとや信用性に欠けるとは微塵も思っ…

回帰性2-1

前線の発達に伴う気温の低下、昨日との気温差。各地の天気は各自が赴く土地の状況を親切に先回り。ロンドンでは大体が雨天、もしくは雨時々晴れ。雨模様が常なら、降り具合は土砂降りに移行しない限り傘は携行しない。 ホテルの朝と見間違うような目覚めた視…

回帰性1-6

事務所内の目撃も薄く、不確か。しかし、見ていないとはっきりと言わないところに接触を匂わす。 後日に訂正の予感。 熊田は、事務所の二人にタバコを見せて、喫煙の許可をもらい、煙を吸った。天井にかすかに空いた排水溝のような金属のスリットが小さな円…

回帰性1-5

「相手の人物は?」 「I市の商業施設建設のコンペで顔見知りになった主催者側の建設会社の人間です」彼は長い足を組みなおした。骨盤のゆがみ、海外では公式の場で許される好意がゆがんだ姿勢の成れの果て。 「この人では」すばやい動作で種田が端末をかざす…

回帰性1-4

「いいねえ」多田は口を左右に引く。「樫本は留学の帰国に合わせて毎度、合計で二回か、留学先の建築プロジェクトを持参するんだ。セレクションを行う案件ではなくて、この事務所への直接オファーだよ。これがどれぐらいあり得ない事態か。刑事さんたちに例…

回帰性1-3

「樫本さんの以前の勤め先は?」 「さあ、昔のことを話す子でもなかったし、会ったばかりの頃は十代だったから高校を卒業してすぐだと思います」 「会社はこの建物だけですか?」 「ええ、そうです」 「I市で彼女は午後十一時頃に亡くなる前日まで頻繁に目撃…

回帰性1-2

「……どうぞ中へ、石畳は滑りますので足元には十分ご注意を」 「そっけない感じでしたね」鈴木が振り返って肩をすくめた、思っていた反応と異なったらしい。「会社勤めなら社員が亡くなると総出で葬式とお通夜を取り仕切るイメージがあるのですが、なんだかド…

回帰性1-1

窮屈な車内。定員一杯、高い乗車率の車は深夜を迎え、冷え冷えとしたなまめかしい氷の膜を張る国道をひた走る。T駅を出て、三十分弱で急速に車はスピードを落とした。 住宅地とビルのどちらにも生活圏を譲らない地区にO署の刑事たちは降り立つ。車内で鈴木と…

非連続性6-2

時に人はそれにトラウマなんて呼称を与えるから、引っ掛かりが肥大化するのだろう。何よりも鮮明に思い出せる、だから記憶に刻まれる。時間の解決という他の体験で薄める方法しか、私の中ではその当時確立されていなかった。だから、あの子と離れたのは幸い…

非連続性6-1

「確保した土地の広さって具体的にどのぐらい?」 「約2平方キロメートル」 すっかり日が暮れた午後六時ごろ、大まかに建設候補地を巡ったアイラは公民館の駐車場へ車を乗り入れる寸前、運転手の山遂に尋ねた。彼女はその回答をマンションのエントランスを思…

非連続性5-4

「そんなことが可能でしょうか?警察に関係者が潜んでいるとでも……いないとは言い切れませんが」 「あなた方の捜査体系は実に一方的な方法が遵守される。それは電車や地下鉄の利用のように行動に組み込まれる、よっぽどのこと、突発的な事故や自然災害が降り…

非連続性5-3

「事件は解決したのでは?」美弥都は筒状の器具・フレンチプレスについた汚れを、泡をまとわせ落とし丁寧に水を切って、布で拭く。事件は年末に解決したと店長と常連客の会話が耳に届いた、私から事件の顛末を追いかけたのではない。美弥都はテレビも見ない…

非連続性5-2

熊田は軽くうなずく。「ただし、樫本白瀬が山遂セナが持ち歩く資料を盗み見たかどうかははっきり解明されていない。他の媒体を通じて収集した情報を元にガイドブックを完成させたのかもしれません」 「話が見えません。ガイドブックに山遂セナの所属会社が請…

非連続性5-1

剥き出しのアスファルト、暖冬のまま年が明け、一週間弱の時間が過ぎた。新年の浮かれた雰囲気も徐々に引きつつある。警察の訪問は暇な時間帯を狙い打つのだから、暇である私は当然であるのか。昼頃に差し込んだ窓の日をぼんやり眺めて、踵に体重を乗せ、力…

非連続性4-6

外から入った人間の痕跡、融けた雪が水に性質を変えて滑りやすい環境。足元を取られないよう、踊り場で足元注意の張り紙を目に留めて、地下一階へ降り立った。 天井が低い。かなりの圧迫感が伝わる、閉所恐怖症の人間は一分とは持たない空間だろうか。床は厚…

非連続性4-5

「一応、鑑定は済みましたよ」彼女は席に着いて体を椅子の力に任せ回転、神に体を向ける。「遺体の指紋と毛髪が検出されました、指紋は他に二種類、一つは山遂セナ、ガイドブックを届けた人物で、もう一つは黒河、バスの運転手のものでした。ただ難点があり…

非連続性4-4

「ずいぶんと世界規模の話に発展してます」 「たいして世界も警察もお前と俺も、関係は単純なもんだ」 「組織に属せ、とまでは言いませんが、力を貸すアクションは起こしておいたほうがよろしいかと思います」 「馬鹿で短絡的な奴も嫌いだが、畏まった口調で…

非連続性4-3

「遺体の鑑定結果は上に流した。判断を仰ぐ熊田たちの身になれば、お偉いさんの方の会議は時間の浪費だ。しかし、そういった慣例もまた警察の流れを円滑に進めるためには必要な経路でもある」 「通常の場合でしょう?」 「求められた方角しか目指せない奴に…

非連続性4-2

ガソリンスタンドで給油を頼んだ。先に代金を快活さを前面に押し出した、明るさの好印象を刷り込まれた店員に必ず足りる分の一番高額な紙幣を手渡して、スタンド内の自販機でタバコとコーヒーを買った。汚れるのにせっせと磨かれる白の高級車を見つめる男性…