コンテナガレージ

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自作小説-白い封筒とカラフルな便箋

赤が染色、変色 1

呼吸の荒い土井が手帳を開いた。彼が今回は担当らしい、上司である不破は目をこすり、乾燥した目元に手を当てる。「産業会館の撤収作業の終了時刻は午後十時二十分ごろ、隣接する管理棟の職員の立会いの下、ステージ設営担当の業者が内部の破損を一緒に見回…

赤が染色、変色 1

日曜の出発は遅れるのが常らしい、前日カワニが伝える週末の大まかなスケジュールは九州の地を踏んでから、まったくの役不足に徹する。警察の拘束を午前中に受けたのち、アイラ・クズミとスタイリストのアキはカワニを鹿児島に残して電車と新幹線にて現地を…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

機材用の運搬車が発進、タイヤが地面を掴む、上空では低音をばら撒くヘリがバラパラ飛び去る。 「あのう、アイラさん、私の煙草も灰が……」 「……どうぞ」緩慢な動作で灰皿を開ける。 「事件をどう見ます?」彼はきいた。まだ、問いかけが続いていたらしい、彼…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

「では、自殺ではなく他殺と考えてますね」 「早計です。三件とも犯行を見られていない。一件目の方も犯人と思わしき人物を見てはいましたが、犯行は既に行われていた、二件目は目撃者が走り去る白いバンを見たが、犯行の瞬間は目撃されていない。そして三件…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

「自らを貶める態度は癖になると卑屈に映る。即刻、改善すべきです」 「これは、どうも。いやあ、手厳しいな、娘に言われたみたいだ」灰皿を叩く、不破は体の向きを少しばかり内向きに変えた。「アイラさん、あなたにも警備がつきます。身辺に気を配っていた…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

「そうですか」 「気にかかる点でも?手矛なら、近隣の鍛冶屋から盗まれた作品でして、奈良時代に作られた現物のレプリカが一週間ほど前に作業場から姿を消した。刀剣類という括りですが、製作者は商品として売り出すつもりはなかったようでして、県に届け出…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

しばらく、時間が無用に過ぎた。窓を開ける、煙草を吸うのだ、これぐらいの優先権はあって当然。無言で火をつけた。赤くぼんやりと顔が照らされた。車に置きっぱなしの筒状の携帯灰皿を窓の下のドリンクホルダーの窪みから取り出す。 「私もよろしいですか?…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

まだお客が、敷地を出た通りで待ち構えている、とのカワニの忠告。双眼鏡やカメラで出て来るところを狙っているらしいが、屋外はもう真っ暗であった。通り、外灯の明かりの近辺にいたのでは、暗い産業会館の様子は見えないことを学習していないのか。何度か…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

物販係りに任命された事務所のスタッフ楠井と向日が商品を片付けた。テーブルが会場に忘れ去られたみたいに、ひっそりと役目を終えて満足げだった。どことなく、誇らしくもアイラには映った。テーブルはステージの設備スタッフが折りたたむ、長い天板は軽々…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

世界をあの人に見出したからって、彼女が求める最良のパートナーであるものか、馬鹿者が。 フレッシュなあの人に驚いたその時点で相容れない、単に受け入れる器だと認めるのだ、愚か者め。 誰一人として射止めることは無理、堕落者よ。 無駄に命を落すわ、や…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

騒がしいのはしかし、私にとっては好都合。会場内の意識が分散されます。おっととと、いけません、忘れるところでした。前の方の意見をついての見解がまだでしたね、はい、裏面に移ってください。多少の面倒はご理解を。さあ、前の方の意見は物事の本質、ア…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

アンケート用紙を棚に上げていることは重々承知、肝に銘じてますよ、忘れてません。はあ、また隣の男性に横顔を盗まれました。私って、人前に出るといつも誰かに無断で見られてしまう。場所を変えますね。書、き、にくいですけど、移動しました。読みにくい…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

話が逸れましたね、戻しましょう、アンケートの空欄に埋めて文字を書き連ねるので、多少は読みにくいですかね、私も文字の大きさを調節してます、長く続くと裏面の白紙へ続けるつもりなので、それまでの辛抱と我慢をしてくださいまし。その方は、ライブに足…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

皆さんの中でも、二分されるアイラ・クズミ様との接触は大変有名な話ですわね、無論、言わずもがな、グッズ販売に群がる彼らは除外される、私たちのように彼女の聡明さを知れば知るほど、近寄りがたく、接近を好まない彼女の思想に触れて、想像の中での彼女…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

こうして、開演後のグッズ販売の列に並ぶ、一行を尻目に、私と隣の男性はアンケートの記入を優先する行動に据えた。四つに分かれたブロックの、私はステージに向って左側の手前、その最前列に座ります。前のブロックに二人の女性が、会話に興じながら隣同士…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

「真実しか述べてはならない。この手紙の冒頭で私は固く誓いを立てる所存であります。ペンネーム・ドロシーより。 それはもうすばらしいの一言に尽きる、他の言葉でもって語り尽くすことは適わないのですよ、お分かりいただけたかしら。私の見解に目を通す皆…

黄色は酸味、橙ときに甘味 4

柱に沿って、客席とアイラ、スタッフの空間を仕切る黒幕が約三メートルの視界を遮る。朝は柱と柱はがらがらに開きっぱなしであった。午後は午後で配線のトラブルに見舞われて、ばたばた、復旧に奔走していたんだ、いつの間に、私が気に止めていなかっただけ…

黄色は酸味、橙ときに甘味 4

試合が練習、という解釈だ。自分のためなら試合には出ないし、コートにだって立つ意味を見出せなくなるはずだ。 観客の入場開始前に、トイレにもう一度立った。今度は裏から廻るルートを取る。入り口の階段はお客が立ち並んでいたから仕方がない。現在は使わ…

黄色は酸味、橙ときに甘味 4

彼女たちがホテルを発った時刻は、八時。会場までは数十分。お客が数組、見えるだけで三つの塊が産業会館の敷地であると立ち入り禁止を、示す看板をバックに撮影会を早速始めている。ライブは夕方の七時である。それまでなにをして時間をつぶすのか、地元民…

黄色は酸味、橙ときに甘味 4

金曜の帰還、産業会館を出てすぐの道路脇に停止車両を、一台確認した。運転席に一人、後部座席と助手席は暗がりで見えなかった。アイラたちは明日に備えてホテルに戻る、運転はカワニ。彼はこっそりあくびをかみ殺した。スタイリストのアキにそれは伝播、二…

黄色は酸味、橙ときに甘味 3

血液にうっすら浸透を許したものの、右下の角を染め、これから全体を、というときに回収されたのだろう。アイラは、紙を見ながら呟いた。おかしな箇所の侵食。とても変わっている。どこから見つかったのか、彼女はもう一箇所不審な点に気がつく、紙を眺めて…

黄色は酸味、橙ときに甘味 3

なになに?君の文章が気に食わない、肌に合わない、読んでいられない、さっさと要件を言えって、手厳しいじゃない。 ふう。よく言われるのよ、話が長いってさ。自覚症状はこれでもあるんだから、まあ……威張って言うことでもないか。 二枚目の紙に及ぶのは控…

黄色は酸味、橙ときに甘味 3

不破は諦めを思わせる両手を、上に向けた。割と腕は短いらしい。彼は上着の内ポケットを探った。手紙である。紙はビニールに内部にしまわれる。家庭用のジッパーが付いた袋よりも薄手だった。彼が手渡す。 アイラは彼を射抜くように見つめ、それから内容に目…

黄色は酸味、橙ときに甘味 3 

「お取り込み中のところ、おほん、申し訳ない」 「過度な礼節は必要ありません、どうか気遣いの文字数を質問に変えてくださるとありがたい」ステージの手前でぴたり止まる、刑事の不破は足をかけるのを躊躇った。好意的に受け入れてもらえる彼自身の予測を、…

黄色は酸味、橙ときに甘味 3

私は黒の洋服を着る、多少袖をまくる。椅子に座っていた。しっとり、ふうわりとした印象をかもし出す曲であるならば、うん、着席もありかもしれない。お客が左右に首を振る。ゆらゆらとたいまつがあれば、より私を照らす明かりが散乱、光と影のランダムな動…

黄色は酸味、橙ときに甘味 3

不本意な眼差しでカラドが見せるディスプレイにはアイラの演奏風景画が十枚以上確認できた。念のため、すべてのメモリーカードをカワニと市役所の担当者が調べた、各自の端末に差込み、確認。ここで十分の時間を無駄に垂れ流す、そう自覚したアイラだった。 …

黄色は酸味、橙ときに甘味 3

史実家の男は自らの犯した行動違反が理解にすらあがらない。欲の追求、使命感に燃えるがあまり、狭まった視野が落ち度を見逃し、岸壁を転がり落ちてしまう。 「……写真を撮っていただけですけれど」史実家の男は不都合でもありまたしか、表情を読み取る限り、…

黄色は酸味、橙ときに甘味 3

散々。 東南アジアの仏閣を思わせる石造りの建物にもう一つ、南米の遺跡に立つ神殿と開けた土地に生える一面の短い草が印象的。カワニの行動力は底が知れない、管理側の県か市が提案を持ちかけたのかも。歴史的な建造物であることは、侵入を拒んだ敷地を隔て…

黄色は酸味、橙ときに甘味 2

最寄り駅はかろうじて新幹線の停車駅に選出された引きの強い駅。 汗を掻いた彼女の額が窓に映る、車内。 ふう、と呼吸を整える。何とか、出発の時刻の二分前に飛び乗った。駅弁を選んでいたのがいけない。ついつい一人だと贅沢をしてしまう私になびきそうに…

黄色は酸味、橙ときに甘味 2

水曜日に手紙を開封した。夫と子供の手前、そうやすやすと家を空ける時間、これを手に入れる瞬間は神様の啓示みたいに突如として目の前に、それこそ懸賞の当選みたいにインターフォンを鳴らしては、やあやあと配達員たちと二人掛かりで、にこやかに配送品の…