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「する」と「できない」の襲来 2

「する」と「できない」の襲来 2

 早朝を闊歩する目を引く女性にちらりと小川安佐(あさ)は視線を向けた。いち早く目的の場所へ行かねば、表情が物語っていた。合わさる視線とほぼ同時に進行方向に何食わぬ顔で彼女は平静を装う、普段大胆に振舞う彼女であるが、その実高感受(naive)で人見知りの子供らしい側面を持つ、年齢からすれば現代人ではまだ許容の内に世間の目も温たか。店の人たちには内緒、隠し通して仕事に日夜励む、特に実態を知られてどうこうと云う切実で時代を揺るがす過去などとは対極、平々凡々の人生を歩む。際立った過去を例に挙げてください、要求されたらやっぱりエザキマニンの勤務が私の人生で重要(おおき)な非常に多大な容積重(weight)を占める。

市内のtall building(ビル)街、それも人通りが増える朝の七時台に笑みのこぼれた怪しい姿を小川安佐は観れずにいた。

 いつもと別の地上出口を使い、遠回りを覚悟でたまに朝の気の一掃一新(refresh)に肖る。同じ行程(routine)だと気が滅入る、というよりかは気分が乗らない、頭と体が楽をしようしようと企む。覚えてしまって、視覚も目新しい材料をこの似通った都心部に見つけられるもんか。憤りというほど熱量には遠く及ばず独り言をつぶやいてしまう癖を、こうして内部に問いかけて消化と矯正に励むのだ。相当のおしゃべりなのだし、店ではこれでもかなり抑えているつもり。話す隙を見つけるのは大の得意、ただ訊ねて欲しい人は止水麗(elegant)に、いや無骨寛大(gentole)にか、それも絶好差異(nuance)の収まり悪い。はーん、彼女は仕事の整理をつけるべく遠回りを決断してまで地上を這出たが普段のおしゃべり気質に舵を奪われた。

 素敵なデキル女性が出てきた建物の角を曲がるともう見慣れた景通(かげみち)、通りの右側百mほど碁盤の目には珍しい曲線手前が小川安佐の勤務先である。そういえば、彼女は角に新しく居を構えた飲食店で足を止め右のつま先を百二十度開いた、上半身も右身が顔と連動して首の捻じる。

 つい声が出て。「先週は繁盛したなぁ。行列の対処はまだまだ、うちが優秀優秀」

「小川さん」背後から声が掛かる。

「店長?」

「お化けにでもみえたかな」

「いあやいや、滅相もありませんよ。店長をそんな化け物扱いにこの私が貶めるって思えたら、それはそれで心外でして、何食わぬ顔で店長があんまり自然体(natural)に私を呼びかけるんですから、そりゃあ、驚いてしゃべってる内容もひっちゃかめっちゃかの尻目滅裂、空前絶後の取り乱した私をご披露仕るわけでございましょう」

 表情ひとつ変えずに店長は言う。「川にいるから、煙草を一本か二本吸って戻る。緊急の要件は悪いけど走って伝えにきて。端末は精算台の下、上着の袋状物入(poket)だから」

 さわやかに柑橘(orange)の香りがほのかに香ったと感じられる。どうにかしてしゃべりつくしても、いつもの反応だった。ああいった手合いは押しに弱いと思っていたけれど、店長はうんと言わせる一筋も二筋も縄を必要とするんだ。いや待て、小川は顎に指を当てて考察を深める探偵のようにそのまま店に向かってとぼとぼ無意識の両足を動かした、真正面が好き、追う背は嫌いさ。『私の虜』といえる可能性は無きにしも非ずだろう。毛嫌いをあえてしてるの、出勤前の私に声をかけてしかも私のまくし立てた速射性の高い無鉄砲な防御不可のしゃべりに顔色一つ変えずにいられるものか、いいや居られません。

 身勝手な解釈だよね、嫌味ったらしい空模様に悪態を付いてしまった追加のふがいなさにも苛まれる。

 牛鐘鈴(cow bell)の重厚なひんやり、骨しみいる音でどうにかこうにか断たれた心音は目を覚ました。

 店長は約三分後に帰館(もど)った、煙草は一本で済ませた、私と会わなかったら……私と会ったがため……考えすぎ、止せ止せ、彼女は浮かんだ想像を取り消した。

 従業員の出勤時刻は午前の十時、開店十一時『営業(open)』の札を返す。S市中心街の会社員たちがこぞって昼食(launch)と夕食(dinner)に足を運び、昨年は市から表彰を受けた。とはいえ、そこは店長の気質が勝る。日曜の定休日にも関わらず授賞式の出席を辞退していた。事実上は評価を受けたのだし、表彰式に出席をして評価が完遂する流れに疑問を持つべきであり、そちらが身勝手に決めたのであるからして断る権利は本家、受け手側に帰属するはずだ。言葉では矢鱈めったら相手を殴りつけた後、事の次第を述べる、後だしとも取れる持論を展開したものだから、受賞を伝えに来ていた市の広報担当者は面を食らい、押さえつける憤りが遅れ滲んでいたの。笑ってしまった私に、矛先が向いたんだった。はずれクジを引くのが私の役割と思い込めると、これもまた微笑ましい思い出ではあるんだよ私、小川安佐は店長が動き出すまで隣でじっくりコトコト煮えるのを、待った。

 三十分後。やっと調理の指令が下った。それまではというと一度煙草を吸う機会を店長が促した。私が邪魔だったらしい、あまりにも今日は早く来すぎた、本来の出勤時刻まで眠るよう口すっぱくいつも指示が飛ぶ、こうして私が忘れる神出、滅相も鬼没ではしかし消えて、いや店長の望む私が見えずだから好いのか。『睡眠は仕事』、これは店長の口癖である。退出を言い渡されずの未来に感謝、それよりもだよ、調理台に並んで立つ店長のまくった腕の筋を彼女は横目で盗み見てしまう、弥が上にも追いかけてしまう。制御不能、今日の昼食(launch)は?質問をしようにも無意味な問は無言の刀でばっさりぱっくりと切られるのが関の山。だから、というつもりは弁解がましいが食入る興味を宥めてようやく覗き見程度に落ちつけているのだこれでも、彼女はざくざくと拍子調子(tempo)良く刻まれる見慣れない野菜についての興味をようやく言葉に代えた。cardboard(段ボール)一箱(case)分・四束の深緑(ふかみどり)の固い蔓と葉の植物を切り終える。

「お目にかかったの初めてかもしれません、なんですぅこの野菜?」

ツルムラサキ」一瞬だけ目が合う、至近距離はいくらこなしても不慣れ。

「どっからどう見ても、緑ですよ。ツルミドリなら納得はします」

「緑茎と赤茎の二種がある。市場に出回るのは緑茎が主流、これが江戸時代に日本にもたらされ明治期に赤茎の品種が渡来した。西印度(インド)の原産だね」

「われながら、店長は博識ですよね」装えていやしないさ、剥がした視線を手元に効力はどんどか高まるもの、麻痺したみたいに左半身は流れる電気を帯びてる。意識よ止まれ!、言い聞かせても解決策はこれまでの経験上距離を取ることが唯一の方策なのだが、洗い終わったこのツルムラサキたちを一㎝程度に切り分けないと。だが調理台に山と詰まれたcardboard(段ボール)は五、六、七、八個も切断を待つ。毒が回るう回るな回れえ、死が快感になってさ。

「『大和本草』を読んだ」

危なくだった、私より逸れて安泰、と店長の呟きはいかに?、なるほどお客さんの忘れ物か。店には大量に人の出入りに比例し席に置き忘れる、なかでも本の類が多い。先週土曜、閉店時刻を過ぎて客間(hall)担当の国見蘭が漢字だらけの印刷(copy)用紙の束を見つけて、忘れたお客を追って店を出たのだ。確か常連さんだった、と小川は記憶を手繰(さぐ)る。その日には持ち主に返らず仮宿で一夜を過ごしたわけか。ちなみに本に次いだ忘れ物は傘。いつもぶら下がる本数を四と決めた訳は、考えが横に逸れる。

「手が止まっているよ」

そっと交錯を避けて「はいっ」と小川安佐は返す。互いの中間に置いた深めの笊(ざる)へ切ったツルムラサキを包丁の背に乗せて投じる流れに同化。店長のまな板は刷込んだみたい緑の色素が斑点のように色が移って、それを時にかまわず眺めた。焦点は外れていた、目は吸い込まれそうに遠くを見つめつつ鏡の作用も同時に発揮してしまうから厄介で手に余る。いけない、彼女はめぐった機会に飛びつく、地上への蔦は握手と時の合う。勿論視線はきっちり手元へ引戻していた。

「店長、昼の献立(menu)を考えてます?」

「明日の昼食(launch)を考えていると思うかい?」

「野菜切っちゃいましたね」

「まだ残りの束が三十二」

「液質繊維(スムージー)とかいかがです?」

「『とか』、の部分が訊きたい」

「言葉のあやですよぉ。余白、日本語特有の和らげた表現です」

「だったら素直に言い切ればばいい。その他上げられる選択肢は最低でも三つ以上を思いつくことを第一義に、三つ以下ならば『とか』を排除して可能性を羅列するべきだよ」

 この程度で怯んでたまるか。駄目出しとは似ても似つかぬ、店長の指摘は的確だ、目論む反論もことごとく想像がいち早く迎撃の対に。突拍子に一か八か。心賭して掛からないと想像のそれとは別格、玉砕覚悟では精神的被害(damige)は計り知れず。準備が整う頃には昼食(lunch)客の襲来が止(とど)め、疲弊がため中途の志は半ばで息絶えてしまうんだ。

小川は切り捨てを覚悟、世情を付く。店長の弱点(weakpoint)はここぐらいなもの。

「お客さんたちは朝食を抜いてきますよね。一人暮らしですもん、おいそれと毎日決まった食事を摂ろうとは健康凝狂(mania)か、病気療養中か、快気直後か、自分以外に料理を作る伴侶(partner)や料理を振舞う相手の存在が不可欠。すなわちです」彼女は包丁の先を立てる。「家で食事を摂る機会はかなり少なく、手間を省きたい一心ですから、いろいろ栄養素やらふんだんに食材が練り込まれて、盛りつけはそこそこのクオリティ(quality)に短時間で食せる手軽に口に押し込む形状(size)、そんなものといえば」

「convenience store(コンビニ)の商品だね」店長が先をさらった、目を閉じ厳かな仏像の佇まいである。小川安佐は口を尖らせた。

「そうです。お客さんは朝食抜きか高効率摂取のどちらか、あるいは両方の理由で以ってうちの店にやってきます」

 店主は軽く首を傾げた。だからどうなのだ先を言って御覧なさい、店長(このひと)は先読みに長ける。固有名詞や世情にはほとほと無関心であるのにも、心理戦はめっぽう強い。しかも無口という短所を諸共せずにこちらの予測を裏切って衝撃、開口、吃驚(びっくり)。-(mainus)からの+(plus)転じる数値の二乗程度、内面の一挙手一投足を言い当てる。でも進め、怯んだら負け。いつから勝負事?いつだって私は真剣なのよっと。

「持ち帰り(takeout)を液質繊維(スムージー)にするというのはいかがでしょう?女性のお客さんは多いですし、そろそろ過傾量質減変(diet)に関心を示す時期がにじり寄ってきます。脂肪退去警告の回転灯(lump)ははっきりぴかびか点滅の始まりですよ」返答は風に浚われたみたいに消えて、臆してなるか。神妙を一つまみ。「私、向いていないんでしょうかね、この仕事」

「、天職を引き当てたいの?」

「そりゃあ、だって趣味を仕事に毎日が送れて悲しいもんですかぁ」

「天職が仇」「根をつめた代償に、死が舞い込んでも?」

「自信は、大声では躊躇いますけど、私は これに賭けてます」

「ありますか、ありませんよね、できるは嫌!ないっていってくださいな」

 二人の会話が中断を余儀なくされた。視線は一度に入口扉(door)へ移り、牛鈴鐘(cow bell)が遅れて鳴いた。