コンテナガレージ

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小説は大人の読み物です 「テーブルマナーはお手の物 2」

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「階段へお客さんの列を誘導して、なんと雨でもお客さんを帰さない工夫を凝らしてるわけですよ」興奮気味の小川安佐は休憩を終えて真っ先にそのことを伝えたかったが、昼食(lunch)の仕込みと、館山リルカはpizza(ピザ)生地の精生(せいせい)に掛かりっきり。店内彼女の報告に耳を傾けてあげられる奇特な人物は皆無、皆それぞれの仕事に追われていた。

 今日は終日、お客の出入りは計ったように絶えず、海外のお客も数十組来店を果たし、北海道では聞きなじみの薄い西の訛りも数多く店内を飛び交った。

 厨房と客間(hall)を片付け、勤記録用紙(time card)を切った従業員小川安佐と館山リルカは女性でしかも、料理人としては異端とみなされる喫煙者だ。二人の足元、取手(とって)と蓋がつくアルミ製の缶を灰皿代わりに使う、お客の吸殻もここに一度集め、明朝裏口は気密堅箱(container)から収集業者が回収に赴く。生ごみは毎日、そのほかが一日おき回収品は入れ替わる。

 『PL』、という通り角颯爽現われる新店が話題の中心である。二人に構わず、長尺対面台(counter)では帳簿をつける国見蘭の、小気味良い電卓へ恨み辛みを込めた指押し(key touch)がBGMを切る空位は主役の座を、勝ち取る。「うーん」との不満げな音声は便り、作業が淀みなく進行している何よりの証拠で「苛立ってる」と小川の遣り難さを込めた囁きは過去に叱責のような訂正が彼女から逃さず加えられていた。

 館山リルカが早々一本を吸いきった。「好敵手(rival)って言うほどうちの店が意識する相手だろうかね?」

「常連さんを列に見ましたもん。それにですよ、地下鉄・地上の広告にtissue paper(ティッシュ)に団扇、傘まで配っててかんなり力を入れてる」小川は音量を絞って少々前屈みに。彼女たち二人は缶を中心に向かい合う。「二号店の計画が進行してそうに思うんですよ。資金提供か後方支援(back up)、協賛に金支顕名(sponsor)が手を貸してる雰囲気もちらほら見受けられました」

「証拠」取り合うつもりが館山にはないらしい。かなりの疲労が声と態度へありあり表す、湿度と生地の兼ね合いに神経をすり減らした、持ち場の一角は窓に面する。厨房と客間は地続きの仕切りのない店内である、入店の度、衣服に雨具は湿度を上げる、満席はだが予測の立てた、調整には微笑む。pizza(ピザ)は、ほぼ一組一枚の時定間隔(pace)で応えた。そのために彼女は石釜に付きっ切りで、小川がその横で醗酵を間に合わせるべくせっせと捏ねては醗酵器に送り、一時醗酵の生地とに換える。値段は他店と比べても安い部類ではあるが際立つ価格差とは言い切れない。こうした特定の料理が選ばれる状況はたまに訪れる。おそらくは通信網(ネット)に飛び交う情報を鵜呑みに、あるいは憧れと敬服に支配された人たちがこぞって自らの意思は二の次に対象者の裏(うち)が踏破に譲ずる、ぱたん。店主は騒がしい考察を明日の昼献立(lunch menu)に戻した。

 二日前の松本商店が契約解除から当日市場に寄り食菜を買求(かいもと)める。替わりの契約先が見つかるまで補填に通う。明日にならなければ市場に出回る野菜や果物はわからずじまい、献立(menu)も白紙である。これは仕入先を八百屋に限り考えを進める。そうなれば肉か魚を主品(main)に据えたら、と。北海道に梅雨のじめじめとした時期がなしとは言われるが、ここしばらく重苦しい曇り空に雑巾(daster)や台布巾等の速乾性が落ちていた。それも中旬まで。そろ々胃腸のご機嫌具合も夏使用に慣れ始めたからりとこの陽気、消化に余る力を回せはするか。

「視聴向け映動機(tv camera)はひっきりなしだし、けれど取材は断ってるそうで行列を映すだけならって許可を出してるんですよ。かなりのやり手ですよ。列のお客さんに拝聴(inerview)して、そりゃあ期待に胸膨らますのに、『なんとなく気になったんで』、ばっかし。出来すぎというか前に倣うというのか、tv program(テレビ)に不向きな回答は聞かれませんし訊いてもない、いや訊いてて省いてるのかもです、。あの街頭聞き取り調査(interview)って編集しだいでは作り手の思うように情報を操作しかねませんよね。しかも、『おいしいですかって?』そりゃ、まずかったとは言いにくいですもん」

「何を代弁抗弁してんだか、あほくさ」

「待ってくださいって、私まだ吸ってますぅ」館山は黙らせる専用の眼差しを小川に解き放った。ぐうの音も出ず、小川は引き下がる。そうして矛先は店主に向けられる。

「店長、あのですね、」

「ん?」

「今日、変わったことがありましたよね?」

 店主の背後を館山が通る。「そうかな」

「お客さんですよ、手掛かり(hint)は」

「忙しかった」

「聞いてますか、ちゃんと私の話」

「聞いていなければ返事は難しい」

「店内を、ああっ出しすぎたかな」

「傘が増えたね」

「違いますって」「knife(ナイフ)とfork(フォーク)の申し子がまたしても登場したんです、はいい」

「そう」

「あれっ?驚きません?かなり客間(hall)では話題を浚ったんです。そうですよね、蘭さん」

「……呼んだ?」間の抜けた国見の声が届く。

「もうっ、皆さん今日は一体全体、私をおちょくってやしませんか?」

 今度は返答はなし。しかし、小川はひるまない。気を取り直して、

「それでですね、そのお客さん、持参したknife(ナイフ)を使うんだって、強情っぱりもいいとこです」

「ふーん。許可したの?」

「いえいえ、断りましたよ。そうしたら、まあ、こともあろうに隣の客さんに運んだknife(ナイフ)とfork(フォーク)を奪い取ったんです」そういえば頃合昼食(lunch time)の怒声は聞こえていた気はしないでもない。店主は客間(hall)の応対について国見蘭に一任し、ほぼ彼女に接客面の判断を任せる。僕に取り次ぐと和解に和む続く食会を逃す場合が多々、他人同士の対立や些細な意見の食い違いは迅速かつ的確な対応が求められる。適切であっても遅れると話がこじれてしまう。客間(hall)の諍(いさか)いについて店主はあくまで最後の砦、感知してないことも多いのだ。

「それで?」

「あれれっ、店長興味を持ち始めましたね。わかりました、あと一本煙草を吸ってしまいましょう」

「その前に着替えてきたら」「終電を逃しかねない」今日最後の四名が締切(last order)の十時から三十分粘り掃除に取り掛かるいつもの刻限を大幅に押した。現刻十一時半を回る。地下鉄の最終は十二時前、platform(ホーム)には五分ほどを要するが、小川の話が二十数分でまとまるか否か正直いって不可能に近い、良きところで合図を出すか。身に迫り、一挙押し出す。滞在はまっぴらだ。

 仕方のない、店主も一本だけ付き合うことにした。どうせ彼女たちを帰した店内で一服するのだし。

「店長、ちょっと、あっともう少し火をつける秒時(timing)をば」彼女は足元の缶に足を引っ掛ける。がらぁんがらがら、がら。側曲面と底のつなぎ目がかろうじて倒伏から正立に持ち直した。尖らせた唇、胸をなでおろす小川。かと思うと忙しく再送、通路側に出ては奥の更衣室(locker)に駆け出した。

 長尺対面台(counter)席の国見が控えめな忠告、もぐらの頭が抜きんでた。「あまり安佐をけしかけないでください」

「knife(ナイフ)とfork(フォーク)というのは、どういった経緯?」傾く首より上が小川の通り道に現れる。

「予想するにですが、ここは居抜き物件で前店の食器類をも受け継いで流用していますよね、その中に年代物の海外製は珍しい一品珍品が紛れ込んでいる。あくまでも想像ですがね」

「根拠があるんだね」店主は煙草に火をつけた。白衣(はくえ)に煙草をしまう。窮屈な体勢に発生源と想像の素がしまわれた。頼りは戻り声をきく。

「大人数を案内する円卓(table)には人数分のfork(フォーク)とknife(ナイフ)を用意します、一まとめ、籐製の籠に入れて。あるとき、未使用のknife(ナイフ)だけが籠に残され、二人席(table)にも使用済みのfork(フォーク)が見当たらないことがあったのです。お客の顔は覚えてますから後日来店した際に目を放す振りをして注意を向けていたら、懐に忍ばせました。咎めはしませんでしたけど、それとなくfork(フォーク)の在処を円卓(table)を片付ける安佐へ、会計に立つお客を挟んで訊いてみたり、良心には訴えました。その後は見えてません」

「、白熱してますねぇ、ふう」息咳きって小川が通路に顔出す。館山は独時流(マイペース)でそのまま挨拶、店を出た。「そろそろ着替えますか」、と国見もようやく帰り支度に。小川はというと、もぞもぞ。煙草の外装保護膜(film)を開けるのに手を洗ったのだろう、濡れた指先で上手(うま)く外装解放つ(ときはな)一つまみが掴(つかめ)ずに悪戦苦闘、店主に頼ることは決してしない。固執は人それぞれ偏る。昨日今日の現代は凝り性を肯ずる。だから働きが早いのだ。余計さ、消えてくれた、音に達せず。

「店長、今日は貸切自動車(taxi)で帰宅ですか?」肩に鞄(bag)をかけて着替えた国見が扉(door)に手をかけて問う。秒時(timing)のずれを狙ったとみた。それでも店長は飄々と答えた。

「歩いて帰ろうとは思う。二階には寝袋の備えもある、二十四時間の銭湯も探せば見つかるだろうし雨風を凌げる屋内では寝られるね」

「心配した私が稚拙でした。お疲れさまです」

「よっしっ」外装保護膜(film)が開いたらしい、小川はせっせと内側の外光から守る銀色の外装保護膜(film)を四方型に切破ってとんとん、一本を取り出す。「ほう、いやぁ、今日はなんともはや、疲れましたな」

「しゃべり方がおかしい」

「忙しかったことには違いありませんもん。それにしても店長はいつも平静ですよ。その年齢的な疲れというか、これはその私よりもただ単純に歳を重ねていることの純粋な意味合いでして、滅相もないですから、私がおいそれと直接年齢をだなんてそんなまさかありえませんよ」

「質問に焦点を合わせて遠ざかる。こちらを離さず逸らしてはいない」側頭部、額、鼻の先、唇、反対の肩を抱くように小川の空いてる右手が行き場を求めた。

「あっと、いやっ疲れない秘訣を教えて欲しいなあっと、思った傍から……はい、前にも聞きましたよね、へへ」

「小川さんは終電に駆け込むつもりだけろうけど、どうしてか二本目に火をつけた」言い切る直前一度目を合わせた。薄く剥げる床板を見やる。

「よくぞ聞いてくれました、というより忘れてました、はは」小川は二口目をたらふく吸い込んで煙を広角に吹く。怪獣のようなtall building(ビル)をなぎ倒す様子が思浮(おもいうか)ぶ。「常連客の若者、私よりも上の年齢で頬がふっくら、割りかしポチャッとした体型の背はそれほどで、黒い革靴で靴下もばっちり紺色長めのおじさんが履くをの躊躇いなく着こなしてる、その人がですよ、あろうことか大胆に隣の四人席へ私がhamburg steak(ハンバーグ)を運んだ直後を待ち構えていたんですね、右手がざっと伸びて、お客さんが短く悲鳴を上げた反動で先に運んだ煮出汁(suop)がこぼれてtable(テーブル)一面肉骨澄汁(consomme)の食欲を欲(そそ)るこれまた好い香りが立ち込めて、まあ服は汚れなかったのが幸いでしたから、私がtable(テーブル)を手早く片付ける間に隣の席が空いたばっかりだったので、これ幸運や手早い対処、料理とお客さんには移動していただいて、盗んだお客さんへは蘭さんが問い詰めたのか、五分ほど話し込んでましたです」

「柄の部分のlion(ライオン)に一目惚れたお客さんが前々から譲ってくれないか、申し出は受けていたんだよ。骨董(untique)の花形装飾電灯(chandelier)と家具に食器にも、食指を動かされたらしいね。これまでだと、延べ十人は僕を訪ねてきた」

「それってお店を開いた後ですよね?」怪訝な小川。彼女は店主よりこの地に詳しい、前所有者(owner)が開く伊太利亜料理店を通りがかり知っていた程度の情報量である。内を覗き一般人が目を奪われる、室内の装飾品はそれほどの姿なのだ。

「開店前の準備期間に半分ぐらいの問い合わせ、そのほかが早朝の時間帯に君たちの出勤前にこっそりと店にやって来ていた。そう、一人は閉店後にも尋ねていたかな。勿論、丁寧に断った。心変わりの可能性も含めて追い返したよ」

「なるほどねぇ」渋く皺という皺が顔の中心による。「店長もしかして私の心は読みたい放題ですか?」

「問い合わせが増えた一時期、食器を入れ替える」「違和を覚えるきっかけに上顎と舌とに滑る触り、食器一つで変化が生じるかどうか、試していた。実験だね。味が変わった、代替わりで先代の秘伝のたれを再現する後継者が常連客に料理の味を見極めてもらう、場面があるように思う、世情に疎い僕も見かけたことがある。おかしな状況だろう、挙げた例がだ。集められたお客たちは普段味を意識してだよ、昨日と替わらない味を吟味、味覚を総動員して食べていたのかな。 そう、人の味覚は曖昧で実態は大いに視覚によって左右されている。先代そっくりの人がそれなりに似通った味の料理を振舞ってごらんよ、おそらく、いや十中八九満足してお客は帰るし常連客のなかには不満を露わに、一見さんは評判に劣ると感じ取るかもしれないのさ。、味を担う。作用を食器に任せてはどうか、そう思ったのさ」

 目の瞬(しばた)く、小川安佐は話の先を知りたくて前もって灰を足元の缶に落とす。彼女の背後で自転車の自家発電灯(light)が通り過ぎた。

「問い合わせが退き、奪われるに代わり始めた時期が先月の終わり頃」「入れ替えた食器で常連客の増減をこっそりこの二週、調査を敢行した」

「だからだぁ」彼女は間髪いれずに言う。「二週間昼食献立(lunch menu)が同じでしかも持ち帰り(takeout)が一回もなかった。今日が盛況のはずです、久方ぶりの味をもとめこぞって押寄せた」

「急か急かとしたひと時でも味の違いは感じ取れる」店主は指に挟んだ半分ほどに灰と消えた煙草を咥えると、精算台(レジ)下にしまうPCを掴み取って長尺対面台(counter)席で電源を入れた。缶を持って移動した彼女に画面を見せる。「会社員が一週間に取る行動遍歴は定刻に昼食が取れるとおおよそ食事時間は業務内の義務項目により確保されているのでは、と考えた。そこで、前の週に違和感を覚えた常連客が翌週も同じ献立(menu)が店頭の黒板に表示してあった場合、彼等のどういった行動が予測されるだろうと考えた」

「そりゃあ、別のお店を探しますよ。動物でも一度食べて失敗したら二度と口をつけません。実家の犬がそうでしたから。専犬食品(dog food)を食べなくなって、もうもう食費がかさむって。エンゲル係数を上げてんのを知っててか、ご飯に味を占めた空腹をと散歩をせがむ中犬型は家計を蝕むただの大飯食らいだって嘆いてましたもん」

「一週間曜日ごとの増減は各曜日とも変化が少ないね」店主は縦に曜日、横に日数を配す表を見せた。中腰の小川は目を合わせないよう画面を食い入るように凝視する。

「ですね」照れが勝ったらしく、近距離の交錯を彼女は恥ずかしがる。煙草を吸いきる振りで、すぱすぱ複数回煙が小川の向こうから視覚にふらふ、躍り出る。「そうか、そうか。つまりお客さん、なかでも常連のお客さんたちは食器の入れ替えを違和感と思わなかった、ということですね。……ああんーんと、だからなんでしたっけ?」

 PCを閉じた。店主は忘れ去られそうだった疑惑に答えた。

「騒動を起こした常連客は偽物を掴まされていた自らの失態にあの時に感づいたのではないのか、ということさ」斜め上に小川の黒目がぐるりと一回り、肩へ首の寄りかかる。「持ち歩く代用品を使い食事を進める手が止まる。店の雰囲気を害する粗悪な食器たちは私だけが摑まされていた。そのお客に偶然少ない代替品が回る、あまり頻繁に訪れる方ではなかったのだろう。尚更、行動に駆り立てた衝動が大きく膨らんだ。、それに店の食器はすべてが前店のお下がりを流用しているわけでもない。二年目を迎えて献立(menu)が増えた、料理によっては食べにくい、たとえばオムライス用のspoon(スプーン)だとcurry(カレー)には一口が大きすぎる。三段階の大きさと、単品のrice(ライス)用に多少窪みの深い種類も買い揃えた、持ち帰り(take out)にお客は切り替えたのか、想像・記憶に施錠(しま)い汚してなるものかとね。けれどここ二週の飲食は屋内に限った。予備に持参する食器も頷ける、使用が許される目算は常識を外れているけれど、今日の昼食(lunch)に目が眩んだのだろう、なにせ二週間ぶりだ、使用に踏み切る『たまにしか』と同じ料理(menu)であれば、という意味さ。 fork(フォーク)にknife(ナイフ)も、切れ味が悪くなると屋根付歩行路(arcade)街の『倉持刃物店』に研磨を頼んだ。包丁用の砥石を買ったついでにknife(ナイフ)の研磨が可能かを尋ねてみた。意外と僕みたいな人は珍しいらしいね」

「私の知らない店のことがじゃんじゃか溢れ出しますね。悲しいような、さびしいような、複雑です」火種がぱっと花火の終わりを思わせる、暗い筒のなかで底に落ちる。際限なく花火が打ちあがってそれっきりだったら、物悲しさなどは湧き上がってこないだろう。地に落ちる、自然の則(おきて)に従う、自らの先を身に置き換えていられる、店主は灰を集めし缶や平等たる骨格、人を支える骨、に見えた。

「だけれど」小川が言い残しを押しだす。「fork(フォーク)を掴み取ったお客さんには周りが見えないほど手に入れたい稀(rare)な物だったんでしょうか。弥生系の日本人顔に祖先の形見は不釣合いですし、これを逃したら、、出会いが少ないんでしょうかね。今までが浅い浅い、fork(フォーク)を奪い取る握り締めた狂気にこそ『形相』を遣える、ぴったしですもん。knife(ナイフ)なら襲われてしまったかもですよ。いや。いやいや、入手先の洋食店(うち)で使うって意味がわっかりませんよね、はは」

「時間だから伝えるけどあと、六分で終電が出るよ」

「うわっつはっ」小川は痰を詰まらせた。咳き込み、扉(door)に向かう。出て行く姿はまるで老婆、しかし脚力は不釣合いに絨毯をずらすほど蹴りだしていた。牛鈴鐘(cow bell)が二度鳴る。往復二回ではない、彼女は出て引き返し律儀に忘れた挨拶を伝えたのだ。

 さてと、店主は間に合えば乗り込める地下鉄に走ってみるべきかを二秒考えて、店に泊まるか自宅まで数時間をかけて帰るか思案した。とりあえずこれは、と最初の選択肢は二本目の煙草に火をつけ、候補から消し去った。生き生き、根元に近づく生まれたての明かりが紙巻煙草の先で無邪気に踊る。