コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

小説は大人の読み物です 「テーブルマナーはお手の物 4」

f:id:container39:20170630162308j:plain

「様子を見てくるよ。やっぱり窓が気になる」おもむろに鈴木は粒の大きな雨の中へ再び出て行った。気乗りしないが、種田も小走りに駆けた。鈴木が呼び鈴(iner phone)を押す。登校時間の午前八時前後に高山秋帆(たかやまあきほ)は姿を見せてはいない、今日も登校を控えた。下校の始まる夕暮れ時にぶつかる、短時間ならば面会は許される、首と胴体の切断面の処置は簡易的に縫合がなされているもの思われる。そうでなければ、遺族に全身の公開は直視に耐えない、ましてふさぎ込む状況を把握してるのだから、S市中央署は気遣って自宅への遺送を拒み、遺体安置所での対面を求める場合も腐敗によってはありうる。空気に触れた解剖を含む時の経過は五日、冷凍室といえど死体の腐敗はかなり進む。

 鈴木が玄関扉(door)を叩く、反応がないのだ。「高山さーん、高山さーん?」

 耳を当てても生活音が途切れてるらしい、鈴木が首を傾げる。「昨日来ました警察の者です。あのですねー二階の窓が開いてるんですぅ。雨が入って部屋が濡れて大変です、億劫でしたら僕が二階に上がって閉めますけれどぉ。秋帆ちゃーん、いなぁーいのー?」

 声は玄関風囲い(food)が跳ね返す。膜が張ったよう雨が、屋外のいつもはひしめく一定の生活騒雑音(noise)をぱったり止める。

 二人は見合ってうなずく。把手(とって)は軽く手前に引くと玄関の敲(たた)きをあっさり披露してしまう。いやな流れだ。言い訳をするようだが、配慮を望むや一転容易くお節介に変じる、心境の移り、示す境界線は不鮮明かつ時により安全を侵害と見なされることはしばしば。それでも私の候補者一覧(list)には被害者の妻が挙がってはいた。今更さ、後付けと口を開いて指摘がおち。、不毛な弁明をためらわず灰と化すると、鈴木に続き家に上がった。

 絶えず鈴木は呼びかける。静まり返った廊下、正面の居間(living)らしき型枠から漏れて床板(flooring)、かろうじて色が浮かぶ。恩恵に与れ白く色の飛ぶ壁と闇とがあらぬ方へ招く。正直、種田は失態を覚悟していた。どうにか子供だけは、排他的なこれが私の根幹を成すものなの?無作法、深夜に叩き起こす内部の質問が絶えず扉(door)を叩く。

 居間(living)。

 無人。左にtelevision(テレビ)、角型低台(table)とL型の長椅子(sofa)に足載台(ottoman)がひとつ。薄黄(cream)色の壁紙が威力、廊下よりも明るい。遮光襞吊布(curtain)の覆う二重窓を通じて日が差し込むのだから当たり前ではある。、この照度と家人がどうにも連想を止めない。鈴木が台所に走る、顔が少々暗がりに薄っすら存在を消す。気配を探った。生をせがむ自然に踠(もが)く拍動、ほとばしる命や灯火が微塵も、敵意も失せる。

 目が慣れた。鈴木が頭の重みに耐え切れずか、顎を真上へと上げてる。二階。廊下に階段を滑り止めの床板(flooring)の段差を二人は昇った。

 目配せ。左右に一室ずつ。窓が開いていた右側が選ばれた。先頭は種田。戸(door)を諾打(knock)する、礼儀。緊急時と恐れ多い、割り切れず意識がこちこちらと生存へ引張(ひっぱ)る。

「高山さん。高山さん」種田は把手(door leber)を握る。生温く階段に熱が篭っている。開いた。押し開ける。

 風。

 区画をきって彩豊か(coloful)な格子柄の絨毯にくっきり雨のしみ。子供部屋だ。高山秋帆の部屋。薄紫色の学用鞄(ランドセル)が学習机に掛け下がる。鈴木が私の脇をすり抜けて窓を閉めた。

いつの間に基底(base)音を奏でていたと、身を任せて選べはせず、『私』が抜き取られたみたい。雨の遮蔽が機会を創るの?あらま、嫌だわ。蓋の閉めた性質が表に。平衡感覚を狂わされた。三半規管が狂いだしますのよ。目、が、回る。部屋が回転数を上げる。立っていられないぞ、種田は膝をついて塗れた吸衝撃(cushion)素材の絨毯にじわり水分が押し出る。鈴木が耳元で何事かを叫ぶ、ひどく遠い、目がかすむ。映像が不鮮明。じりじり。瞬きが増える。私の意識下をどんどん体躯が別れを告げる。頭が絨毯に、あれれ、どうしたことだろう。体液と脈拍と骨音が表出する。力が更に抜けていく。視覚は残された。見ていろ、焼き付けろ。何か意図したような感覚寸断、遮断が駆け巡って、ああ、と、ぁああ、と声が高まった。天井でそれは笑っていた。麦藁帽(straw hat)をかぶった生首が照明の笠に必死でまるでここ不自然極まる床上より見つけてくれといわんばかりに、程よく両の瞳は円弧を二つ刻んでからから寄りかかっていた。

 

 気がついたころ夜が明けていた。私の車、後部座席に膝を抱えてうずくまる。煙草の香(におい)染付く背広の上着が助手席頭部緩衝丞(head restraint)へ重力に任せ掛かっていた。

 はっ、息を呑む。目が冴える、上体を起こした。……瞬時に状況を飲み込めずに種田は情報を収集する、硝子下器(dashboard)の表示は三時半。袋状物入(poket)の端末を取り出した。。雨はすっかり上がり道路も乾く。日暮れ前に止んだらしい。白々空が明ける。

 鈴木の姿を探すも音も休み、人は寝静まる。端末を耳に当てた。

「もしもし」

「どう、調子は?」

「どちらです?」

「公園」

「警察の車両が見当たりません。説明を」

「公園に来ればわかるよ」

 種田はおぞましい過去を右半身に感じつつも塗れた塀と側溝の狭小よりたくましく生える雑草が、集める露に裾を濡らし、多少ぬかるむ獣道を下った。鈴木が長椅子(bench)で手を振る。咽(むせ)返(かえ)る雨に感化された舗装路の鉄分が匂いと入り混じる途切れた先刻、記憶とが同時に種田を襲う。

「説明を」

 大きくゆったり大げさに鈴木は瞼を閉じ開く。「なんてことはないさ。慌てなさんなって、ほれ」彼はおでんを差し出す。後ろ手に隠していたのだ。「まずは腹ごしらえ。小食で半日以上はさすがに空腹に堪えられもん。とりあえず出汁をぐぐっとお飲みなさいな」

「結構」「死体は首の回収は?」

「、首なんてないよ」

「ない!?天井の笠に吸盤のように張り付いて、見間違えたとでも言うのですか、私が?」

「住宅街だよ」鈴木は煙草を人差し指の代わり、冷静さを取り戻せと落ち着かせる。「うわ言で呟いてた生首も麦藁帽子も高山秋帆ちゃんも、君の見間違え、錯覚だったんだなこれが」

 弱さを呪った。人の助けを借りる私を蔑視するはずが、鈴木に担がれ後部座席に運ばれたんだ。何たる失態、種田は内部を罵倒そして殴りつける。露呈した本性を腫らしてやれ、泣き叫べよ。なぜだ、今になって外に出ようと立ち上がる気概を強めたんだ。大いに不満だ。消し去ったのに、人にそれも異性に頼るなどもってのほか。私はいつも一人だった。そうだろう、そうに違いないといえよ。安っぽい友情も異性間の仲も、異性との一時期の迷い事も、私から見通してしまえば、あまたの現象を排斥と異物だと異質だと私とは相容れないのだと見限ってしまえたではないか。落ちぶれたものだ。気の緩みか、上司にでも現を抜かすか。まったく、たいそう私をがっかりさせたね。知ったこと。これからは世間という有象無象の世界で一人ごちをせっせと死守することだ。言われずとも、それが私である、私なら言うまでもない。

 二度、公園の土を踏みつけた。湿り気をたぶんに含む転倒にもやさしい細かな粒子は私の周りだけ必要に水を蓄えていた。