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「する」と「できない」の襲来 5

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 平謝り。松本商店の専務と部長がようやく帰った、店長の気難しい態度を腹を立ててると勘違いしたみたいだった。顔を出すのは配達人のいつものお兄さんだし、部長さんはめったにというか、季節ごととか、新たに入荷した珍しい品種を隔月に一度ぐらいの割合で届ける。釈明と謝罪は背広(suit)と菓子折りと悲痛な面持ちだと端役(extra)でも代役が務まるのではと、小川安佐は厨房にこんもり積みあがる綺麗に昼食(lunch)を平らげた食器と数十分前午後二時あたりから格闘していた。

「休憩はいります」

「あっと、リルカさん」

 通路に見切れた厨房の従業員で小川安佐の先輩館山リルカを呼び止めた。薄手の上着(jamper)に袖を通す館山は勤記録用紙(time card)の押し忘れを確かめに一段上がる厨房に入るも、小川の存在は意識に留めるも億劫に休憩ぐらいは一人に、という情気(aura)を彼女は纏う。長身のそのすらりとした体型も多分に存在感を際出たせるてはいるのかな、小川はそれでも果敢にも通常の音量で腰を折った洗い場に対する姿勢のまま、呼んだ。

「リルカさんっ」

「……休憩時間の交代は拒否、お使いは却下、重なる休憩時間に外で落ち合うことも無理」

「まだ何も言ってませんよ」

「さっさと用件を言いなって。勿体な……」

「ああっつ、だめだってば」館山の口を小川安佐の洗剤にまみれた右手がぬるりと口元を押さえつける。

「っツぱあ、お前、馬鹿っ。えっほっつおっぽ」

「約束はまだ一応守っててくださいって、勤記録用紙(time card)を切る前に忠告しておいたじゃありませんか。やっぱり忘れたんだ」

 配膳台のtissue paper(ティッシュ)を二枚掴む、館山は泡を入念にふき取る。小さな手洗い用の洗面台に痰を吐いた。

「一方的に角の店が圧力をかけた、うちが応じる義務はないんんんーん」

「だからいけませんって」

「ぷはあ。お前、言い訳を使って日ごろの鬱憤を晴らそうとしてるな。ああーいいだろう、私にも考えがある」

「だからぁ、おかしな人がどこかで聞いてるかもしれないですって、こと座って人に会ってたら私の思いとやらも尤もな態度だって納得してくれますよ」

 館山リルカは長い人差し指を差す。「いいか、今度やったら業務以外は口をきかな……、空気と同様に扱う。覚えておけ」

「せっかく忠告してあげたのにぃ」おせっかいだが、館山のためなのだ、安佐は気分を切り替え残る食器を片付けに戻った。

 昼食(lunch)終了まもなく館山が、客間(hall)係の国見蘭が次いで昼食時(lunch time)の収支計算を終え休憩へ入る。小川は二人のあとか国見と同時に入ることが多い。エザキマニンは昼の二時から夕方四時までを仕込みの時間、準備中(idle time)と断わり店を閉める。業者などの訪問客はこの時間帯に店主やオーナーとの会談を目論む。

 店長は松本商店の二人を見送らずに席にいまだに腰を落ち着ける。たぶん煙草を吸い切りたいんだろう、ケチと当人の前では言い難いが、店長は一度つけた煙草は根元まで吸いきるのだ。小川はひょいと、通路に顔を出して対角線上の客間(hall)席丸円卓(table)の店長が左半身を盗み見た。水道の蛇口から一定量が受ける平皿に水音を湛える。

 考えてることが私にもわかったら店長の望みを叶えてあげられるのに、今日はなんとも仕事に身が入りにくい。早朝から店長の傍に留まり過ぎたので中ったんだ。今日みたいな熱波にさ。外はご陽気に真夏日だそう、お客さんの上着は揃って背もたれに皺よりも熱を逃がせと、だった。

 小川安佐は店長にサボった様子を的確に指摘、狙い撃たれ的矢(てきや)の棚から落とされる前に、そそくさ上体を厨房に引っ込めた。大人しく水分をふき取った食器を片付ける。彼女は下っ端なので雑用が主な仕事。けれど、彼女の言い分は自分だけが厨房と客間(hall)の二つに係る唯一無二の役柄と思い込む。よく言えば前向き、悪く言えば能天気。総じて明るいという性格はどちらにもいえるだろう。

 勤記録用紙(time card)を切っても、長尺対面台(counter)には計算に励む頭を抱えた国見蘭が座る。おつりでも間違えたのかな、小川は一瞬自らの行動を振り返ったものの、こう見えて計算には誰よりも長けているのである。しかも昼食(lunch)は税込み七百円の切りよい数字であるからして有力候補から脱落、一抜け。すると個人的な事情で頭を悩ませているのかも、それならばこの私目にお任せあれと、足を踏み出した矢先、誰かが口調を真似たような、じわっと気味の悪い苦味に襲われた。

 なんだんたっけっ。

 凝り固まって靴の底、蹴り上げた疾走の一場面は重なりの遥か下層に埋もれる、留まるその画は所在無さげ、小川の内画面(screen)に浮かぶ。牛鈴鐘(cow bell)を鳴らして、肩幅の広い学者然とした白衣の老紳士が入り口をふさいで、こちらを射抜くように、いやshotgun(ショットガン)で胸の辺りをすっかりもっていかれたかも、安佐は男性特有の威圧をごっそり感じ取ってしまう。

「店長さんはおられるか?」洞窟に響く声、男は集耳機官(head phone)を首にかけた、銀光沢仕上げ(metallic)な耳当て(ear pad)の側面には初めて目にする横文字が刻まれている。象形文字のような誇張表現(deformer)された章。

「昼食(lunch)は二十分前に締め切りました、夕食(dinner)は午後四時開店となっております」足並みそろえ畏まる口調、厨房の店長が答えている。長尺対面台(counter)と厨房を仕切る壁が阻む。長尺対面台(counter)席端から一席分をおく配膳台の長細い空間からでは店長が立つであろうガス台の近辺は死角なのだ。小川はいかにも怪しい訪問者を気に留めず売上帳に唸る国見に近寄った、だがここからでも長尺対面台(counter)前の積みあがる皿が邪魔で、見えるのは厨房内部の吊り戸棚がほとんど、残像と思しき店長の白衣(はくえ)とさらさらの黒髪が見えたか。爪先立ち耐える淡い一瞬。

「たいそうな刻限から並んでいるようでしたが開店は何時(いつ)からでありましたかな?」老人が話すような言葉だった、風貌から抱く印象がほぐれていく、ううん崩れるのか、脆くもねぇ。

「午前の十一時。表の黒板に書いてあります」

「裏返してあった木枠のboard(黒板)ですかな?」

「わいやぁ、忘れてました」小川は慌てて飛び出した。「すいません、営業了(close)の看板と間違えちゃって、へへへ。ちょっと失礼します」彼女は大急ぎで表の椅子に傾けた看板を元に戻す。

「お話しする義理があるようでしたら」一段と澄んだ声だこと、小川は聞き入る、背中は扉(door)に預けて。「反論を控えあなたにその旨を言渡(いいわた)している。対極の態度をみせるということは、そういうことです」

「なるほど、なるほど。奇抜な閃き(idea)で伸し上がったとの噂、真実が薄まる方向に縮小解釈をされたのか。これは、まったくにおもしろい」高らかな笑い声。まるで壁が笑ってるみたい、壁の妖怪を思い出す、あれはしかし人の恐怖が作り出した物と言っていのやら、人が怖がる、人らしくあればこそ、姿は怖(おそれ)へ安易に寄せた。それとも、由来があって人を根(もと)に壁の連想に行き着いたのか、小川はそっと精算台(レジ)側に避けて、「あーっん」と癇癪を起こしそうな国見蘭の元に命からがら逃げ帰った。穴倉から目的の財宝を一掴みに残りの宝箱やらは後半生を惜しんで見限り無事帰還の途につきましたよ、彼女の心境である。

「申し訳ないのですが、まずは用件を」、と店長が平坦に言う。

「四丁目通り角、竹富tall building(ビル)一階の『PL』の店長兼店員の日本正(にほんただし)といいます。大変紹介が遅れたことお詫びする」

「で?」冷たい、店長の「で」ほど先を促す言葉は世界広しといえどこれ以上使い手は皆無だろうさ、なにせこれまでの発言はありきたり、当然で予測された、店長にとっては定型文なのだから、小川は白衣(はくえ)のまま成り行きを見守る。いつもならば店内で取る休憩はご法度だけれど、入り口は弁慶みたい通せん坊な巨体外圧を込め白衣(はくい)は袋状物入(poket)にすっぽり両手が隠れる、店長か国見蘭に頼んで鍵を閉めてもらえれば通路の奥、青銅質の裏口から外へ出られてしまう。でも、二人とも忙しいそうだし、ね、彼女は一人言い訳思いついて、そっと国見の隣に腰を下ろした。二度手間を避けるべく彼女は胸袋状物入(poket)の煙草と火出自在(lighter)と硬貨入れ(coin case)型携帯灰皿を取り出した。

 視外(まわ)れ。醸し出すは気配を読み、国見の奥側に位置取った。

「んーあっツ。いつずれたんだろう、なーんで、収支が合わないのぉ?五百円のずれって、床に落ちてるかもしれない」国見が苛立ちを露にした。むっくり、椅子を引きregester(レジ)に向かう。

 何気なく発した言葉に小川は火出自在(lighter)を床に落とした。

「……台無しだぁ。昼の耐え抜いた四時間が泡と消えた。ああっ」

「訂正しろ」

「はい?」

「発言を即時私の前で撤回するのか、と聞いているのだ。二度目など世界にはぞんざいな生を許されているとでも思ったのか?」

「おっしゃってる意味がわから、ない」

「強情だな。お転婆娘(tomboy)がじゃじゃ馬装う狂犬ぶり。甘えが過ぎる、頑なに信条を貫きたい、だったら即刻世の中と縁を切ってしまえ!」

「近隣新店へ、店長は挨拶を必要としていませんし、そちらからなければ、万々歳。手間が省けた喜びで止まった手元は夕食(dinner)の仕込みに取り掛かっていられる。よろしいですか」国見は見上げる。小川安佐の百六十台前半を下回る国見の百五十㎝半ばと百八十を優に越える日本正は、乗り場と時刻を確かめる電光掲示板かfast food(ファストフード)で注文を選ぶ客と品名(menu)板だった。それほど、見上げる首の、窮屈な角度である。「あなたが『ない』などと自分に課す制約への誓い・遵守ならまだしも周囲にそれもだ従業員に圧力をかけ強制を促す、直接的間接的であるによらず、早朝店に乗り込んだ事実はずばりあなたが唆囃(けしかけ)たことと同罪なのですよ。わかっておられないようですから、あえて言わせていただきました。つきましては今の発言、私個人の主張として受け止めてください、先ほど勤記録用紙(time card)を切った身分で現在は休憩中の身。よって店長に教育がどうのこうのと、重箱の隅をつつく無駄口を叩くことのないよう、前もって言い渡しておきましょう。さあ、どうぞ、そちらの番です。何か言いたいことがあるのでしたら、遠慮なくお店の外で聞いて差し上げます。ただし、収支不足の五百円が見つかるまでは店の外、あなたの店で待つがよろしい。どうしたのですか、出口は背中ですよ、そのままで通り抜けられはしないでしょう、赤肉団に比例して脳が肥大化するなんて、肉を獲得した祖先の時代ではないのですから。はあ、あっつい」

 白衣(はくい)の日本正が拳は力みに震えた、腫れぼったい瞳は瞼を閉じる。

噴火前怒りを一箇所にかき集めて解き放つ、体表に冷たい色が浮かんでる。 

訪問客と小川たちの間にもう一層。店に流れる、無意味に聞こえつつ大の大人が頭こねくり回した知識欲をそそる歌詞と不釣合いで転調に忙(せわ)しいロック(rock)が甘い声に乗って室内に泳ぐ。

「……あえて使用に踏み切るが、不本意だ。先に宣言しておいてやろう」わざとらしく日本ははさりばさっ、袋状物入(poket)から手を出しがっちり腰を掴む。革帯(belt)にはよく見ると二㎝四方の箱が挟まる。振源は、あれのようだ。「意味がわから『ない』は短絡に頼る言い分だな。視野と了見が狭いの二言に尽きる。知識と過不足はらむ情報を総動員し曲がりなりに導いた回答。 『ない』のではない、あることの可能性と存在を見出す掘り下げる手前の十二十㌔も先で手を引いてる。『ない』と思いたいのさ、楽が信条(motto)の人間(われわれ)だからな、負荷をかけたくは『ない』んだ。よろしいか、私の店の従業員に大座ことなる人物は存在をしてい『ない』。彼女は私を追いかけ、付回す(stalking)に執念と情熱を燃やす厄介者。それらしき人物がこちらの店、エザキマニンから早朝に飛び出してきたという、情報を斜向かえの『コーヒースタンド』の店長から聞かされて、こうして手ぶらで挨拶がてら顔を覗かせた」

「なんですかい、すっるってぇいと」口をあんぐりあけた小川安佐が素っ頓狂な声を発す。「朝のひらひらの銀色の失礼な誓約書を突きつけた人は、店長さんの熱烈な、いや単なる付回す輩(stalker)ってことだっていうんで?」

 日本は胸元の内袋状物入(poket)から三つ折の紙を取り出す。指先と目線で、手に渡るまえ受け手を添え長尺対面台(counter)の灰皿へそっと彼女は引返した、危なく仕事を増やすところ、出直し恭しく受け取る。文書には私よりなれた国見蘭に委ねた、精算(レジ)台を挟む彼女はみるみる、とげとげしい退店を命じた後悔の滲む。本物であるらしい、判子は真似のできない工夫だとか、大立ち回りは朝で時は昼の下がりをもうじき過ぎる、自製もありうる、今日の印刷技術は家庭用の機器も驚くほどの仕上がりっぷりなのだ。

国見は私という後輩に見られても、銅像が動くみたいぎくしゃく波波(なみなみ)謝罪を述べた。心から、そして過ちを嘘に変じさせぬ、か。

 社会初心者の私が判断は誤って当然なのだけど、だからこそ言える。山際の雲は架かってて海沿いは千切れた雲の散在に日は隠れようにも明るくのある。裁判所発行の礼状というのか、この書面に写る人物名と今朝の人とを結びつけることは、かなり難しいのではないか、小川は妙に冷静さを取り戻した。この白衣(はくい)纏う他店主を信用するなら人物名は一致する、『大座こと』という人は接近を禁じられてはいるんだろう。

 折り目に沿った書面を腕の精一杯伸ばす距離の取り、彼女は手渡す。巨岩を思わせる体躯は思い過ごしだったのかも。柔和に刻まれた皺に、受け取る血管の浮き出た手首。

意識を駆け上る。いけない、いけない。『ない』が続けざまに脳内は咆哮の狂喜乱舞。私が店長を蔑ろに、違うか、他人へ目移りするなどあってはならないし、私の分際で純愛を貫けないのならばですよ、まずは通じ合わないとだしまだ疎通叶わずなのだったでしょうに、私が望んで試合(game)を降りしまってるんだ。

「灰」

日本が教える。またまた長尺対面台(counter)へ引戻る、残像、厨房内の店長は首を軽く顎を引いてた。牛鈴鐘(cow bell)。配慮した遮蔽音が追いかけ空間を閉ざした。

風船二つは膨らむため息のあと「あったぁ」、と国見蘭が真っ白い声で鈍く光る五百円玉をお客を迎え送る、対称図が精密な手の技、絨毯に見つけた。