コンテナガレージ

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テーブルマナーはお手の物 3

「五月二十七日の午後十一時四十三分頃だと思います。間に合いそうもない、諦めかけて歩いてました、地下を。……確か、前に男の人が歩いていて、追い越したんです。、その人上を天井を見上げてるみたいで少し気持ち悪そうだなって、不審者が頻(よ)く出るって噂を聞いてて、大回りしながら通路の真中(まんなか)を避けて通りました。はい、だからです、改札に向う自動階段(escalator)は通路の左側にあるので、緩傾斜(slrope)を越えた直後、方向一気に変えたようとして、それで、。見るつもりはありませんでした。なんていうのか、あの、気になったというか、二秒ぐらいその追い越した男の人が目に入って。地下には私とその人だけだったので気配を、感じ取ってしまったみたいです。……敏感は、体質です。満員の最終には本当は乗りたくはなかった、速度を緩めたのは高くつく貸切自動車(taxi)で帰る口実を作りたかったの、かも。いえこれは別に独り言です。 それは、土曜日でしたから。言い出しにくいですけど、聴取って言うんですか休みで潰れてしまうのは気が引けました。人が死んでるのはニュースで見ましたのでいち早く伝えるべきだと、は、思っていましたけどそれよりも目の当たりにした時の映像が鮮明すぎて……ね、行動を起こすまで時間がかかりました。はい、倒れていた場所から移動をしてました。意識を失ってる間です。自動階段(escalator)の引き戸(door)に入らず直進した広場の椅子に寝てました。上で騒ぎが起きて、警備員に起こされたんです。誰に運ばれたかは検討もつきません、酒場(bar)でかなり飲んでましたから。いいえ、まったく身に覚えはないですよ。本音を言うと、これがなかったら出頭せずに黙っていたぐらいの心境です。はい、紙布(napkin)もそのまま、はい、鞄(bag)の内袋状物入(poket)に、です。はい、私のではありません、そんなlion(ライオン)の図柄(mark)、私の趣味ではありませんから」

途方に暮れかけ漸く舞い込んだ目撃情報の訪れは、事件から五日後のことだった。

その翌日。

高山明弘(たかやまあきひろ)宅の妻博美(ひろみ)を張る種田は事前に車室外荷入(trunk)に常備する着替えと非常食で交代の鈴木がやってくる約一日半を狭苦しい運転席で過日の訪問先に目を凝らす。

死体の司法解剖が終わり、本日六月二日自宅に移送されると助手席で食料をがさごそ広げる鈴木は直線距離にして三百mほどの場所に建つ国道を挟んだ借場動体(スポーツクラブ)で汗と一日半の汚れを落として戻る種田へ仕入れた報を伝えた。

彼はおでん出汁の香を車内に撒散(まきち)らしていた。彼女にはおにぎり、携帯補助食品とice coffee(アイスコーヒー)を手渡す。

「五日も経って良心が痛む、隠し事の処理にそれだけ時間を要したと、私は考えます」種田は遠慮なく差し入れのおにぎりを頬張る。女性性という立場を彼女は捨てたわけではなく、無作法・無頓着とも表現は不適切で、彼女はそういった性差異(gender)に関する世俗一般が解釈をはじめから持てていない。そのため男性的な振る舞いを、頻繁に鈴木たち同僚に指摘をされていた、女性としての嗜みに欠けた奴。彼女にしてみると男性的な要素は各個人が求めに起因しているのであって、特段危険から身を守る術ばかりの、あるいは資本経済下の家族たちが飢えより凌ぐが男性である理由は現在ではとっくにその境界線は薄らいでいることに、男性陣(かれら)は認めがたい、または雁字搦(がんじがら)めに焦点(ピント)を定めた彼の地の対象物しか見えなくなっているのではと思うのだ。反感を買うため意見は口閉(しまう)う。争いの種は肥料と水を与えなければ一生芽の出ない。休眠。冷蔵室。

 鈴木は一言(いちごん)断りを入れる。食後の一服を求めた。種田の周りに割合喫煙者は多い。いつか副流煙の長期吸引による受動喫煙型肺臓器不良を訴えるつもりは、毛頭ない。車内、最初の一本は同乗者の権利に彼女は定め二本目以降に手をつけるところで喫煙者の交渉に応じ喫煙の是非、判断を下す。

鼻腔内粘膜が活発に視覚も白煙を捉える、時刻は二時三十五分である。

「地下の封鎖に手間取って然るべしだよ、到着後の仕事は立ち入り禁止の粘性帯(tepe)を矢鱈(やたら)めった非常口に貼り付け、なおかつ逃走経路の使用有無の簡易確認(cheack)を兼ねてた」鈴木の窄めた口が反射する窓とに張付(はりついた)かのよう。 高山晴美の借家から二軒先に車を泊める。両脇目視鏡(side mirror)が相棒、鈴木は確認を怠らない。「覚起(おき)てしばらくの反応は鈍い、警備員と間違えた。坂上貴美子の証言は正直に打ち明けていたとはいえ偽証もありうるよね」

「正しくは制服姿。制服警官、駅員その他警備員に見え制服姿の男性と言った。制服、といっても背広とnecktie(ネクタイ)が同系色に無地であった、錯覚を起こしても当然かと思われます」

「意識が錯綜していたから?」鈴木は片目を不器用につぶる。首も数㎜傾いたか。

「当然でしょう。お酒を多量に摂取していた、当人の供述から推測するに周囲の状況を正しく把握する判断力は失われた状態だったのです。目撃さえその目で見ていたのかは疑わしい。世間を賑わす話題ですから情報を得てしまい、記憶を作り出してしまった場合も大いに有り得る」

「さっきと意見が真逆。信じてあげないの?五日も経って決心したんだよ?」

「女性だからでしょうか?」

「冗談は止めてくれよ。容姿と好みで判断をするような人柄に僕が見えるっていうの?」

「いいえ」種田は間髪入れずに否定した、空気を切り裂く鋭さ。 

坂上貴美子が飲んでいた酒場(bal)については相田さんが調べたのでしょうか?」

「熊田さんを除外したのは?」

司法解剖の結果をS中央署を経由しO署に届くまでの時間を考慮、解剖学研究所に直接赴く方法を熊田さんか相田さんは取りえる。S市への移動に二台は不経済、S駅で一人を降ろしもう一人が研究施設に向かう。上司と部下の移動はおおむね上役熊田さんの車両が移動車に選ばれます」

 鈴木は感心を通り越した驚きの更に上層、畏怖をうっすら表情の一枚下に浮かべた。馴れたものだ。異種の動物、生物(いきもの)、とみなされる視線など紫外線と同量をぬらぬら浴(あび)た。所属部署でも『予測』が異能を、解放の数歩手前に発現を留める。この程度で十二分、不備を露呈してやっと人並みの扱いを受けのだから。彼女は汗をかいたice coffee(アイスコーヒー)を傾ける。

「なんだか毎会(いっつ)も思うけど、種田と話す自分が段々滑稽にさ、虚仮にされてるように思えてくるんだぁ、それって思い込み、だよね?」

「思い込むのは鈴木さんで、良い方向に捕らえるのもまた鈴木さんです」

「言うと思った」鈴木が吐いた煙が車内に逆流する。風よ巻起(まきおこ)りて渦が巻く。定植承る路樹やここより独りと撓(たわ)ませ枝葉、風狂を他逃(にが)す。相田の調べを端末を取り出す鈴木がちゃっかり録っていた、音声を車内に流す。「覚えているよ、聞けばしゃべれるさ」、彼の顔はそう言っていた。

 ―S駅北口の高架(ガード)下西班牙(スペイン)酒場(bal)『Oviedo(オヴィエド)』を出たのが午後の十一時三十分、店員の話だと相当酔っていたらしい、隣の客にテキーラのshot glass(ショット)をおごってもらって、考えられんぞ、自分でも二杯頼んでた。食事の類は一切注文はなし。酩酊成分(alcohol)に強い体質でも足元がふらついていただろうな、。職場で得た証言が、これを裏づけた、夕方六時に更衣室でおにぎりを詰め込んでいたそうだ。目撃者の同僚、受付嬢の佐々木奈津(ささきなつ)は坂上貴美子が劇団に所属していることは知らずに受付嬢の給料だけでは生活が苦しいので、かけ持つアルバイト先へ出勤すると思っていたんだと。悪い、熊田さんからだ―

「と、まあこんなぐあい」

 種田は思いついた考えを口に出した、鈴木の整理法を急に試してみたくなった。無作為(random)に散りばめた出来事や核語(key word)、言葉の端々を結び一本の紐に縒る論理過程(process)がこの場合適当ではないのか、そう思いついたのである。確証はいうなれば彼女の勘に基づく。換言すれば野性的な嗅覚か、種田は近頃記号化示報(date)と撰手を争う、事件に張(はりつ)く『匂(におい)』へ強烈に惹る。それは上司である熊田の捜査法を解明したい、思考過程を我が物にというあくなき私的探究心である。間違って正義感であろうはずが、彼女が優先するは自ら。

坂上貴美子さんの性別は女性。泥酔し椅子に寝転がり意識を失う。彼女は外的な力によって目覚めたとは思えない、考えにくい。目を覚ますには接触が欠かせませんが、それは不可能です」

「そうかっ!」鈴木は軽く腰を浮かす。「去年の事件以来駅構内の男性職員による接触は禁止されていたんだった」

 昨年末十二月二十四日首都駅構内にて意識を失った女性を襲うわいせつ映像が電脳世界(ネット)に流出し、該当する女性が映像を見て自殺を図ったのだ。この件を受け、一ヶ月後の今年二月に国会で審議、三月中旬に鉄道営業法の一部改正案が可決。翌四月上旬は早々に施行されていた。

「耳元の呼びかけに応じられる酒量は越えた。しかも芝居の稽古で体力は使い果たしたでしょうし、当日は金曜日。建設会社の受付嬢に休日出勤は不釣合いです。五日分の疲れを抱え込む体へ接触に頼らず彼女を起こすことはまず不可能である、とこう言えるのです」

「制服姿の男は坂上貴美子の曖昧な記憶違い。まあそれだと、駅職員が東中央広場(concourse)の扉(door)という扉(door)を閉締(しめ)に走り回った状況とは、整合性が取れる」つまり発見と覚醒は時間に隔たりが生じた、ということ。

「得られた情報はそれだけですか?」

「うん。熊田さんの解剖結果待ちさ。って、ああっと忘れてた」鈴木は煙草を咥え手帳を取り出した。彼の太ももは結ぶ、開いたビニール袋に溢れる。「死体の切断面で一箇所だけ不振な点が初見で見つかっていたんだ。腕の切断はばっさり殺傷能力に長けた刃物を振り下ろし切り落とした。首にもこの凶器が使われた、ただあるはずのものが残されていなかった」

「先を」種田は素直に尋ねた。外は数分前に雨が降り出す。大泣きを誘う気配は種田たちにとって都合の好い、長時間同じ場所に駐まることは不信感を近所に抱かせてしまう。、電気工事の箱型貨物車(van)の後ろに距離を取るのだが、周辺住民からは工事の関係者、作業員たちと認知されているはず。

「肩がね、綺麗なんだよ」と鈴木。

「……打ち下ろした刃先がなぜ肩口を傷つけていないのか」

「ご名答」鈴木は雨の様子を前視界硝子(front glass)に煙を吐きかけ猫を呼び寄せるように見上げ、見つめる。「上着の上からでも首を切断する速度では肩をどうしても傷つけてしまう。血だまりと転がる首とかろうじて繋がった腕に目が行きがちで、肩までは調べていなかった。他殺には間違いないだろうから、とりうる手段の駅構内と周辺の封鎖が第一に動いた。もしかすると犯人は僕らの動きを誘導してた可能性もあながち不適格な視点とはいえないかもね」

「剣先を引き抜くように振り下ろす」種田は曇る前視界硝子(front glass)を拭た痕、大刀を画く。「被害者の動作も無傷の肩口に力を貸した。後ずさり開く肩を閉じる後方への動きと引き寄せる剣さばきではいかがでしょう?」

「いかがでしょうって、料理の食べ合わせを試してるんじゃあるましなぁ」鈴木の腹が鳴る。「ごめん、ちょっとトイレ」公園にトイレがあった。迫真、抑えた口調に反し鈴木の動作は緩慢だった。coffee(コーヒー)を缶直立抑包(horder)に置き、咥えた煙草を携帯灰皿に手早く灰が舞っていとわず押し付け背広の胸袋状物入(poket)に入れる、風雨が舞い込む、腿のごみを座っていた座席(seat)において屈んでよろよろと高山家の一軒下の道に下りていった。下り坂は上塗りの雨になすがままだ。

 斜め下から切り上げたら、種田は首の切断部を想像に上げる。角度は三十度を下回る、四十五度は言い過ぎ、二十度以下なら通り抜ける。被害者は立て膝をついていたのかも、振り下ろせたとしても垂直では床の弾く、斜めでは力が逃げてしまうだろう。やや項垂れる、この位置なら跳ねて容易い。、骨を断ち切れるだろうか、頚椎の間を狙う、あるいは運が見方についた、それとも斬首は偶然に起きたのかもしれない。非情な想像だ。残酷な面にも簡単に考えを合わせられる自分が時々現われる。一線は越えるものか。いいや、越えれる越えないの問題以下だ。統制は二重三重、頑丈な安全確保(security)に守られる。独立を凌駕する快楽など現状をおいて他にあってたまるか。

 天地がひっくり返る、三度目の波打(たわ)む不動の地が、填まる。

 種田は無色の糸に足をとられた。誰だ、なにだ。背後の影かすかに。

引かかりに出くわした。淡い姿が掴む間も待たずに。輪郭すら、大まかな位置さえだ、『匂』に現を抜かすばかり、感じなときにばかり、役立たずが。

記憶に優れた種田は曖昧という項目を引き出して、当ててしまう。金属探知はここ掘れ、位置の知らせも姿は見えず、掘れど掘れとて。

決まる、私は誰だ?、彼女は切り捨てた。確証の低い対象物よりか可能性の是非が選ばれた。

刃の入(い)りは前後面に対してか、それとも左右側面に対してか、あるいはその中間、斜めか。転がる首の映像がぶれる、回収される胴体に私の意識は重要視していたようだ、映像を振り返って自らの動揺を彼女は脳内で振り返っていた。

 風が鳴いて鈴木が戻った。

「雨の日に二階の窓を開放(あけはな)つ理由って通気の確保かなぁ」腰の下でおでん容器がひしゃげる。「ひゃっ」鈴木が声を上げた。

 種田はしかし上の空であった。資料に頼らず自力でどうにか。切断面は三つのうちどれだったのか、彼女は繰り返し映像を流した。