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「はい」か「いいえ」 4

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「……という幕劇(drama)みたいな映画っていうのもありですけど、最近のは高感度の無線集音器(ワイヤレスマイク)が鮮明(clear)な映像と相まって物語の本質をないがしろにしてしまってる。人間の視力と聴力を超越したがために失ったものを取戻すべきなのですよ」

「下してばかりの評論家かお前は、映像を作ってからものを言え」

 昼食(lunch)の仕込みに目処がついた開店前の『エザキマニン』。昼食(lunch)の試食が名目の朝食兼昼食。店主はcoffee(コーヒー)のみで済ませる。今日は小川が斜向かいの列に並んで、お使いに出た。時として店長自らも買いに出る。、彼女は数量限定の柔焼菓(sponge cake)を購入したかった。店の開店前十一時頃に『コーヒースタンド』には柔焼菓(sponge cake)が並ぶ。三号店の服飾(fashion)tall building(ビル)一階で新しく売り出した商品が人気を博し先週の半ばあたりから開店前のこの時間にはずらりと一号店と『エザキマニン』が接する通りの両端に長い列の並ぶ光景が見られるようになり、興味津々だった小川は店頭に揃う時間帯を広域調査(research)し、都合よく開店前の休憩時間が最適(best)の頃合(timing)と知り、ここ数日彼女のおごりで従業員たちはcoffee(コーヒー)にありつく。

 高密度の弾力にとんだ柔焼菓(sponge cake)をお楽しみに甘藍(キャベツ)とひき肉の炒め物、甘藍(キャベツ)の浅漬けと白米に豚汁を平らげcoffee(コーヒー)を流し込む、開店十分前の店内、厨房である。外は行列が見る間見る間に出来上がり逸(はや)る気持ち、出窓を覗く隊列につく前のお客と何度か目が合う。小川安佐は騒々しい一日が幕を開けるそういった状況を忘れようとしてか、昨日の出来事を一心不乱口をつくまま国見蘭に語ったのである。

「二千万という金額は店長、事実ですか?」詳細な額は二千万を越える、戸棚(cabinet)にしまわれた絵画を加えての値、前任者の置き土産だ。無論不動産屋に了解を取り手放した。『背離』顔を突き合わす二人の後頭部、片方は側頭部にもう一つ顔を持つ。暗黒を基調にわずかな陰影が明取りの窓より零れ握手を交わす人らが写る、食器の税金分が賄われた。それら、税金等の手続きに手数料を差し引きおおよそ二千万弱の金額。店の資材、として彼女は尋ねた。店の資金面の管理は経営者である店主ではなく、彼女客間(hall)係の国見蘭の一従業員に任せる。このうちの一部または全額を店の会計に充当しますか、。

「次の改装資金、その他急を要する支出に当ててくれればいい、個人的な使い道も思い浮かばないし」

「店長、この間のコンビニ弁当商品化の提案を思ったんですけど、改めて受けまひょうよ」fork(フォーク)に突き刺す柔焼菓(sponge cake)の一切れを小川は小さな口に押し込む。

「私聞いてませんけど」国見蘭が言った。

「包み隠さず君たちには公開をしてるつもりだけれど、判断を仰ぐ場合は君たちに意見を募る。そうしなかったのは『はい』と『いいえ』を強要されたからだ」

「なんですそれ?」国見がきく。彼女は一度客間(hall)の時計を見た。開店時間を早めましょう、進言をするのかもしれない。

 店主の代わりに小川が答えた、話したくてしょうがない、いても立っても、というこちらは断定に容易い。

「質問に『はい』か『いいえ』で答えなくちゃですよ。これまたつんけんした人がいうもんですから、照明の影も手を貸すそれはそれは背筋が凍る思いでしたぁ」

「まったく要領を得ない」と国見。

「それは月曜の話だろうが、ごちゃ混ぜにするなよ」小川の意見を否定する館山リルカが注釈を加える。「先月の中ごろ、商品開発部の三人が突然商談を持ちかけて国見さんの休憩時間丸々、人気の料理(menu)をぜひ売り場に並べてゆくゆくは全国展開も視野に……かなりしつこい勧誘でしたね、そうですよね店長?」

「気乗りはしないよ、売れ残りは店の信頼を失う。食べたものを踏まえ、昼食献立(lunch menu)を変える。列は不断を経たお客の行動、包み隠さず披露してるけれど誰一人として、献立(menu)はありきたりで普遍に触れようとはしない。つまりほかでは難易度が高い。依頼先は尚更だね、異種でありつつ定番というコンビニの特色を殺してしまうよ、僕の判断はしかも開店数時間前に決まる。大量発注、しかも全国展開は無謀なの」

「そこへ来てです」小川が店主の説明を掻っ攫う。「今回の依頼を断った暁には『エザキマニン』さんとのお付き合いは今後一切、どのような状況下に置かれようともありえないって、吹っかけたんです」

「一か八かね」国見蘭はすばやく答えを告げる。「店長を性格を事前に調べていたでしょう、対策を立てようにも店長が首を縦に振る誘い文句が思い浮かばず期限は迫った。……私が聞きたいのは、昨日のその二千万云々なのですけれど」

 ようやく断線しかかった話が昨日の二階で起きた訪問者の大立ち回りへ戻りかけたが、開店の時間が一分前に迫っていた。どどんどんど、扉(door)を殴打。いつもなら一分前には店を開けているのだ。痺れを切らした常連の催促に応じたと思わせないよう、慌てて押し込む好物を開店を見せる刻限を迎え入店を、思い通りは傲慢がはみ出るのだ、お客へ植える自覚の種、小川に目配せ、扉(door)が開いた。

 

本日は席を宛がう飲食、市場で大特価の甘藍(キャベツ)を大量に勧められ、台車で運んでくれるなら、との条件付けがあっさり承諾されてしまい、二区画(block)の帰路わざと信号に妨(つかま)る歩速で本日の献立(mwnu)を思案する事態となった。とはいえ、献立(menu)を考えるに制限があったほうが方向性は決めやすい。

 ささやき声で話すお客は非常に目立つ。音量は低いが『秘密の会話』は居所を教える。周波数の問題、聞き取りにくさが言語の解析機能に引っかかるのだろうか、店主は洗浄を終え熱を宿した食器を拭きつつ昼食(lunch)を振り返った。

 館山リルカは数分前に休憩に入り、国見蘭も今さっきに店を出た。店内は小川安佐と二人だけである。

「お客さん、隣の店に取られてしまうかもしれません」朝の溌剌としたほとばしる陽気はどこへやら、小川はあからさまな苦言を雇い主へ呈する。正しいことは素晴らしきかな、通せんぼはいまだ訪れずこれよりいずれ、という二十代前半の従業員。自らは大幅にずれるだろう、手を差し伸べる人々はなるほど過去を重合(みて)いるのか。

「ひそひそ話していた。聞き取れなかったけれど長尺対面台(counter)のお客も呟いていた。端末をせっせと操ってもいた。忙しいね、食べる間もさ」

「悠長すぎますよ」小川はスポンジをぎゅっと絞る。振り返ってこちらを睨みつけた。「いいですか、うちのお店が判断の対象になってるんです。口腔巡合(food pairing)で試した食材をあれこれ好き勝手に協議してるんです。まったく、成分の共通項目が多いからって適択(best)な組み合わせにしてしまうのは短絡的にもほどがあります」。

「怒ってるね」

「あったりまえです。傍観してるのがやっとで、いつ手元の端末を叩きつけてやろうか、そればっかり。料理を運ぶときにはよぎった悪意を消し去るので手一杯でした」

「大惨事にならなくてよかった」店主は最後の一枚、昼食(lunch)に使った大皿を拭き終えて長尺対面台(counter)席と厨房を仕切る客席との中間にカタカタ鳴らす皿を一度に運んだ。

「角の店を訪れて、うちにも並んだの?献立(menu)だけを通り際に確かめた上で先に食事を済ませから、こっちに戻ったりするだろうか」

「暇な人は大勢、ごろごろしてます。生産を情報収集と公開に躍起になる人が生計を立てる時代ですからね」得意げな小川は多少体力が回復したようだ、声に張りが戻る。

「それにしては常連のお客さんも口々につぶやいていたよ。勤め人が休憩時間、それも貴重な限られた昼食に個人的な収益を見込む作業に身を痩衰(やつす)だろうか。、あちらも行列、うちも行列。最前列に並んでいたとしても満席の店内でひそひそと声は聞こえていたよ、どうにも説明がつかない。それから献立(menu)は初めて提供する料理だったけれどね」

「たぶん、なんて説明しましょうかね」小川は水色のゴム手袋を流麗とはいかず、前掛けがかかる両膝で張り付く内側と皮膚との接地面を引き剥がす。ぬうっ、と太く長い大根を引き抜く音声を発した。笑ってごまかす。「、端末に食材や食品、知皆献基(orthodox)な料理を打ち込むと、瞬時に解析した結果が見られるんです。『PL』のあの偉そうな科学者然とした厄介な人が調べた食品が日々に掲載(up)される。一日にたしか、三から六種類が加算されるらしいですよ、私は断じて手を染めていませんので」

「利用は止めないよ、君たちの自由だ」

「店長」悲壮感に溢れた眼差しの小川安佐が見上げた。店主は客間(hall)から向きを左斜め下方首を捻る。丸い硝子球に照明の光が入る。それほどの近距離。「即刻手を打ちましょう、いいえ、打つべきです。これはうちの店を潰しにかかってるとしか思えませんよ。全面戦争ですよ」

「小規模な争いやいざこざがあった言い方だね」店主は首のねじれを解く。見覚えのある背広姿の人物が客間(hall)の窓に映り颯爽消える。歩く速度で確証を得る。また事件が持ち込まれるのか、店主は抱える仕事が二つに増えようか否かという場面に、もう一点が乗る。本日までの賞味期限、廃棄は極力避けるべきであるから材料に加えるとするか、これで対処を終えた。以前がそうだった。何事も料理という概念にくくり考えると回答は思いがけない組み合わせの初お披露目となる。もしかするとだ、店主は思う。発見を表に出さずに隠す裏で両手を広げて求めるのかも。

 小川が続ける。必至に説得を試みる。「うちの料理食べつくすだけ食べつくして、組合せ(data)の再現を『PL』で作る魂胆。うちを優先する先頭のお客さんが呟けてた忌々しい要因ですよ。けど今日は大目に見てやります。美味とされる指標と自らの舌との相違に困惑していた。お客さんかなり首をひねっていましたもん、たぶん結果と正反対だったんですよ。だからひそひそが一まとめにがやがやに聞こえた」

「こんにちは」店主の予測は当たっていた。遠路遥々、鐘の鳴らす。

「刑事さん、絶妙場面(good timing)です。お話をちょっと聞いてくださいな」小川は踊るように通路に出ると客間(hall)席に案内、席を勧めた。

「あなたではなく店長さんに私用です」あっけらかん、女性刑事は言う。

「私用!?しようって、その使う用途でもなくて専職(プロ)仕様とも違えて、私事の用事、つまり私用事(private)って言うことでしょうよ」質問が異議にに変わる。

「ですから、正直に包み隠すと後半の憤りをぶつけられる予測はついていましたがそれを入店時に言えますか。けれど、結局は同様の結果。安全率をもう少し高めに設定し直します」

「お引取りを」小川安佐は迷惑なお客を遇(あしら)うときに見せる、頬を膨らませたぶしつけな態度で出入り口を指す。「これから私はpizza(ピザ)生地の仕込みに取り掛からなくてはなりませんし、店長は明日の昼食(lunch)と夕食(dinner)の仕込みが控える。ちょいちょい休憩も取りつつですからね、刑事さんがもしも公用であったならば、多少の強引さで数分の時間は割いた店長でしょうけれども、もう手遅れ。お手つき、どうぞ私が優しいうちにさようならをしてくださいな」

「よくしゃべりますね」

「馬鹿にしてます?」

 刑事のほうが一枚上手だ、小川の発言を受け止めると思いきや発言者の精神性に視点をずらす。的確に的を得た相手の盲点を射抜く入魂の一射。

「店の存続に関わる重大な会議を開いていました、ですから、どうか、この通りです」お客に誤って料理をぶちまけたときの謝罪、腰の角度を小川は見せ付けた。それほど本気で帰ってほしいのか、しかし店主が思う刑事の私用は飲食店ならではの理由なのだが、。

「いいですよ」店主は許可を出した。

「店長ぅ!」自分がこれほど身を粉にして低頭してるというのに、小川の心理はわかりやすくありのままである。

「議題の内容次第、不適格であれば即刻店を出ていただく。これが話を聞く体勢を私が取る条件です。飲みますか?」

「こちらに失うものはありません」店主は「どうぞ」と女性刑事に評議は題目の発表を促した。小川の眼差しは入り口扉(door)の開閉に繋がれ、食いしばる奥歯と両の拳は競技写真のようである。

 小川を一瞥、そして軽やかな髪をつれて女性刑事は厨房を見やった。澄ました瞳は小川のそれとは種類がまた他分野より、世俗へ貴重な絶え間ない個の存続を擲(なげう)った一色がうごめく。声は低く、慎ましやかにそれが届いた。

「『はい』か『いいえ』でお答えください」十分であった。小川も数時間前議題に引っ掛かりを覚える。反論は体内で消散してくれると良いが。

 着席を促した。店主は喫煙の許可を刑事に求めた。小川にはお金を手渡しお遣いを頼む。彼女の分の購入を言いつけて、coffee(コーヒー)の摂取において特別に休憩前の小休止を許す店主の計らいである。pizza(ピザ)生地は開店前に館山リルカが仕込みを完了、刑事を追い払うとっさの言い訳なのであり、彼女には取り立てて早急にこなすべき仕事は目下明日の昼献立(lunch menu)の思案に耽る間、夕食(dinner)の時間に余裕を持った仕事を全うするのみ。

 刑事の左隣に座り、煙は斜め上に吐いた。刑事の登場と発言に大立ち回り昨夜の雨合羽(raincoat)の女性が口した同様の文言『はい』か『いいえ』。首の切断、どれもこれも、温めた空想や際限のない妄想を糧に演じたに狂人しては無鉄砲な振る舞いだ、話す口が否(こと)わる。 coffee(コーヒー)を待つ。刑事は、だんまりを決め込む。こちらの許可に応じて口を開くつもりらしい。あれやこれ想像が巡る。またしても事件との関連が示唆されるようだ、刑事の説明が空白を間違いなく埋め立てて、過去と刑事と現在に橋を渡す。無骨な鉄橋それとも大型船の通過も視野に入れたつり橋。

 煙草はひどく喉にしみた。二日ぶりの喫煙である。牛鈴鐘(cow bell)が帰還を知らせた。小川は胸の間に抱える紙袋と容器を円卓においた。息が切れていた、彼女は二区画(block)北の二号店へ走ったらしい。

「遠慮なく」と勧めた。coffee(コーヒー)を口に含み、刑事の発言に二人は耳を傾けた。隣では感嘆の言葉にならない声を発する小川が半透明の紙に包む柔焼菓(sponge cake)の頭をちょこんと突き刺しかぶりついた。