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はじめにクロス、つぎにフォーク 1

「死体の目撃者と死体を生み出す殺人鬼の一人二役を日本正さんは挙手自ら望み犯則へ任せた。順に追う。目撃を証する者と探し、現れ出でるや空(あき)つ手。暗渠のその一間酒の気夥(おび)らん坂上貴美子さんが眩(ま)い込む。計画の中(うち)もしくは僅か起りうる偶発の起用だった。朦朧なる意識と夢想なる証言が綴りて居合せば、彼の両腕(りょうわん)が抱きもしくは背に負(おぶ)り丸長椅子(sofa)に寝かせた。駆け着ける駅員たちその背後より現る。単に居所を誤魔化したのではなかったと思います。仰向けに寝かせたのでしょう、異成る上階を目当(まのあた)り慌(あわ)と駆寄る。凶刃に倒れた人、坂上さんを当嵌(あてはめ)た。彼女ともども階下の駅員に発見されて善かったものを、場の悪い。離居の様が見かるよう丸長椅子(sofa)を去し影仕舞わで駅員の注目を獬潜(かいくぐ)り、初めに坂上さんが見つかれ。そこに背後より忍び寄る、四方を囲まれる地下に足音の響くも二員は意識を確かめるばかりで呼ぶ声を必死に続けた、背後の気配にまで気が回らなかった。納得しかねますよね、だが事実です。これしか考えられない。下階一に目指す広場に立てば四つ方が目に入る。広場から駅員が離れ、ぬのと彼らの背後へ位置を移す。もしかする靴は脱いでいたか、」

 店主は容赦なく反論を切捨る。そして「私が言終るより、受付けますよ」こう告げた。強調しかも端的に述べられたことで、相手は有無を言わず意向に沿った。

「凶器の傘は、足止めを食らう清掃車にぶら下げた。清掃中に蒐(あつめ)た地下道や駅構内の抛置傘(ほうちがさ)と並べ掛けた。清掃車を操る清掃員とて駅員に劣らず、気が動転している。隙が多い。模換(すりかえ)るか殖やす、汚水処理の手伝って清掃員の背を取る、傘を清掃車に乗込む囲いの把手にぶら下げた。忘物の傘です、見向きもされなかった、それに警察と駅員の人命第一とする保全から凶器の探索へ切替るあいだ姿を消す傘の使いて殺めたれば、初動捜査の記憶からは(・・・・・・・・・・)抹消されるのです。、清掃車に回収された傘は彼が予じめ置いたものでしょうね。そうして傘は駅の遺失物管理へ運ばれ、翌日(あくるひ)いそいそ赴き、平然彼が収める。回収された傘型の凶器を極東来訪が印、再来艶やか温かみ、外装(ビニール)で封(とじ)ていた。そのため開封(ひら)かれも抜刀(ぬか)れもせず血刀は保管された。戻るともなし熔ける鉱物は融解を経て待ちに待つ食器へ無事に還えり、店へ返却された。食器を盗んだ人物も日本さんが『規則』に従ったのでしょうね。たとえば、そうですね、『本物』と『贋物』は互に己を弁(わきま)える、紛然にあらず。高感度なその『規則』はさら々と流往く日々の暮しに支障を来すだろうから〝食器に限る〟と加段の縛りを設けたかも。それならば一度唆(そそのか)す、ええ、会食を取付(とりつけ)るのです。夕食時(dinner time)は予約を受付けています。意外ですか?大衆を謳う店こそ常連の方々を大切にしなくては。連絡先は非公表です、どこからか入手した手前、多少の引け目を感じる、これが狙い。店情はさておき、食器は売り払われた。今頃は海外でしょう、転売された確率は大的(ひろ)い、追跡を煙に巻く手段(てだて)を講じた、蒐集品(collection)を囲う資産家へ渡り数分、いや目を見惚(うばわ)れる間のあたわず手の中を透り抜けたと僕は捉えます。所有者から所有者へ変遷を繰返すたび特定は遠のき、費用に膨れ期間が延永(えんえい)追(つい)す。凶器が見つからない、これが事件の核ですからね、用意周到が計略にまんまと私たちは執行を手許(ゆる)した。そう、ではどの点からいかに犯人を導き出せたか、僕も頭を悩ませました。それはしかし、捕まえる側が映(と)る怪色(けしき)。念頭に、『エザキマニン』の女店主(てんしゅ)を今一度顧るなら明(あ)り々、犯人の早合点を欲する請張(appeal)の兆しを掬句(すく)い取れました。申し訳ない、大変礼節を欠いていました。橋口さん、以前より納品を喚(よ)びかけていたのですね、あなたは」

 空く間なく、たくさんを摂る。またしばらくは味わえないのだ、むざむざ消失に譲らずとも灰が短い間(うち)に、枷(かせ)に綱(つな)がれ急性の誘う。

 客間(hall)内に照明が点く。移過(いつ)の間に、精算台(レジ)に立つ小川が壁の明暗摘み(switch)を引き上げて。じわり、花形装飾電灯(chandelier)に血が流(はし)る。白々さんざめく白熱灯に照度は劣る白熱球の淡黄が客間(hall)一面を寓話の既場面(one scene)へ切替えた。遠国彼代に時と処が幻想。内下、家具と調度品が一役買う。酒の肴に目は瞑る。店主は食卓越しの橋口のわなわな震わせる肩を、眺め、回答を待った。存在を知らしめて鬼火片手種田はここだと臨みかかろう態勢、前頭骨に眉の食い込む、一挙手たりと私が拾う。

「……迂闊でしたな。いや、警察の退出を待って契約を取り付ける目算が、一挙に崩れました。へへっ」橋口は鼻下を擦る、鼻を啜って。「どうも、涙腺が緩くなったか、最近情緒と関る耐性が低下したのでしょう。嫌です嫌です、歳を取るとあちらこちらに不具合(ガタ)の出る」彼は食台(table)の紙口手拭い(napkin)を拝借し、鼻を擤(か)んだ。彼の右のとなり食中食後によりて補佐役が一式(ひとしき)は群れ固る。「はう。……品をかけていたはずが向きは変わらず、こちらを認識するやいなやどこぞ往(ゆ)きなや放飼い。やきもきしましたねぇ、飽きられ燻(くす)ぶる事件では元も子も。必死でしたさぁ。、一にも二にもO署の刑事さん達(あなたがた)へ捜査権が委譲するまでに日本正は簡易な聴取に応じていなくては、ならない。刑事さん(あなた)に顔を知られては往く道を塞がれてしまいます。この後刑事さん達(あなたたち)が彼の元を伺う計画でありましたから」

 ほくそ笑む。愉快、理知を病め人を殺め笑(たた)えていられる。止水のごとく面(かお)が透く。心底(こころのそこ)から湧(わら)ってゐる。正しいのかしれない、店主は煙を中間(あいだ)に橋口を眺める。小川は店主の背後を通ってそのまま、座らずに立つ位。目と合う。窄めた口が人殺しを相手に正しい態度であろう。

 種田が低くい声で尋ねた。二人の間に取調べの閉鎖に無機質な室(へや)が再現されている。

「S駅の事務室で彼を聴取(しらべ)た、顔は見ている」

「印象はずいぶん違ったでしょう、彼は背広(suit)を着ていましたから、一端の定給仕人(サラリーマン)を装える」

「記憶力には自信がある、目撃者は日本正では断じて有得ない。私の記憶は正しい」

「強情ですなあ。それなら。あなたが最初に出会った人物は日本正さん、ではなく、まったくの別人だったんでしょう、うん。私はそれで満足ですよぉ」

「満足?」問い問う語尾が戦端に聞こえる。

「所在をはぐらかしても受話器越しの聴取に、紳士は返答(かえ)す。接触を控えるよう指示を与えたのですから、」話す両端(はし)が皺を呼ぶ。「接した者が声が当人であるなしに、次の対面であなた方警察が日本正さんと目撃者をそれぞれと据えるよう私の心を砕いた。成功のようですね、あなたの口ぶりを拝見するに。白衣(はくい)の印象操作は絶大ですなぁ」

「百歩譲って私が錯覚に見舞われた、と?」

「あなたの思い込みは能力が高ければ細部がより際立つ。裏面に塗られ、下地は色の明暗が淡く面(おもて)を飾る、とでも言いましょうかね。別人をひとり抽出、振り返ろうとも誰が憶えています?駅職員と勤め先の同僚へ見せる顔写真は口を揃えて日本正(・・・)、高山明弘とは似ても似つかない。駅職員が、しかし見たところで記憶は不確か、日本正ならば知ってる、どおりで、見たことがある。、訊ねる順番をあなたが誤ったのですよぉ」持論を認めさせるには再会が不可欠、だが行方は知れず。

「、いいでしょう。では『エザキマニン』から情報を収集(あつ)め赴く『PL』で裏を取る。それもあなたの仕組まれた『規則』だ、と?」

「哮和(シュプレヒコール )を咏う群衆、彼等は私意に拠る。端役(extra)や『規則』に従順な方々、でもありません」

 暴動は一度ならず店を煽る。『PL』の提食(service)に不満を抱く騒ぎはお客たちが口々に発していた。

 橋口は貝ひもを噛み千切る。おもむろに取るそれをはむはむ食べ進める。やはり食事を大勢で囲むのは、生命を貪る罪の希釈であってよっぽど無残に思える。たっぷり視線を引きつけ橋口は休ず咀嚼する上下の噛み合せ、左右の擂(す)り潰すその合間に詳細を続けた。

「なかなか噛み切れない、人は一筋縄では動いてはくれません。店主さんがその好例でしょうし、刑事さんは案外とは中々失礼に中りますが、持ち駒を打つよう思った地点に移られた。『規則』と予測、似て非なるものです、どちらとも結果を確かめるまで不確定、これは等しい両者に言える性質ですね。若干『規則』に軍配が上がるも、やはり強制力は日常生活に支障や破綻を来たす、硬い、人成らざるモノであるなら複用に耐えられましたのに……不十分な統制と認めましょうか」

「遊戯(game)感覚を卑下するつもりはない」種田は言う。逼る。常闇に控えし境よ充ちるなかれ、さもなくばこれ獣が威(いきおい)は守護霊を宿すかのやう、刑事は畏(おそれ)を与(や)る。「飛躍(とびこえ)た敷石に一向意義を見出せずに私はいる。突入したtall building(ビル)内で彼共々身柄を押さえた二人の身元は私の知る限り判っていない。身分を表す所持品は不携帯、氏名を証する戸籍は未見当(みあたらず)。指摘の前に、知行は明澄です。薬ざいの朦朧、混濁した格(ようす)と一線を画す、S市警が素直に応じるなら聴取の映像記録をその目で確かめられる」

「高山明弘の借住(かりずまい)を調べあなたは嘘の情報を掴された。つい先日まで暮すと思われていた高山家は数ヶ月前住居を移った、隣近所には引き続いて居住を見てもらう。加えて、娘秋帆の入学式を前に一人ずつ吹聴を当てに転居を漏らしたのです。特殊教育校へ就きますので。流布は入学するための数え年五つの日本国民たる証を持たない無戸籍が要因であった」艶かしくさえある。暗きなかこそ音度高かれと思うは誤り、明るくと、ならずも。臨場と潜入、魔酔に堕ちる仮想再生が紫煙を呼び水に招く、そうらしい。

「音信不通の恐れを甘く見ることと借家の張込みがもたらす捜査の遅れを狙った。再見を先へ伸ばすため。けれども私が目撃の始終を尋る高山明弘と『PL』の日本正は同一人物だ、後述に譲るべく仮に認めたまでのこと、断じて、記憶を組直したのではないぞ!」

「ですからぁ、私はその可能性を申し上げたではありませんか」眉をひそめる橋口は噛みしだく合間を縫い音を吐く。「大きな誤りをあなたは犯かす。そのことを先にお話ししておくべきでしょうかね。店長さんはご存知と見える、まさにこれ平心と言わずなんといえますか?」

「店長?」と、小川。

「鈴木さんという刑事、種田さんの同僚に調べてもらったんだ。連絡をくれてね、どこで手に入れたのか電子典使(mail)に矛盾点があれば指摘してほしい、断るのち、概要と報告書の一部に音声data(データ)を彼は持参しました」

「聞いてません」滑稽(おかし)さで声が踊る。shake(ゆれ)る種田の首。

「そう、あなたの怒気(いかり)を買うので内密に念を、押された。あとで彼に謝ってもらえたら助かります」

「店長が掴んだ情報っていうのは真犯人の登場、更に荒れる場の提供じゃ、ありませんよね?」

「どうかな。ただひとつ、『規則』に勝り発生地に当時刻と要因を定する自信はあるね」

「いってしまいな」種田の要請、楽になれ、許容か。

「……遺体の火葬後、被害者の家族と接触していたでしょうか?僕が得た情報によれば目撃者と凶器を探索し方々駆けた、それに日本正さんと僕の周りを賑せた事事(ことごと)の処理で手一杯だったでしょう」

「被害者家族……、ハッと、新築の一軒家に移り住む理想を練り始めた矢先の出来事で、鞄から施工会社に建築士と打合せた修正した、無謀な、取り下げられた希の間取り、図案が発見され、た。……ちょっと、アハハ、これって私だけでしょうか、非常に、やってはあってはならず、を犯していたのは……」小川はその場を行きつ戻り、行(ゆ)く。根元はひといき待つばかり、況の充ちる種田は陶製の入れ物に運べ、このまで指の二本は止まる。チクタクとくちゃくちゃ、真向う橋口は色変わる二人の表情(かお)を意地悪く、肩を揺らして失笑に堪えだえ。

「事件翌日、足の向かう被害宅と別日に訪問しました目撃者高山明弘宅を種田さん、あなた方は同一の訪問先であるよう功名に思い込まされてた。席に座って、これは『規則』ではない。高山明弘宅であなたは意識を喪し体に変容を来たした。家屋隣の公園に常設する公衆便所(トイレ)に鈴木さんは立ち、二階の窓が大雨にも関らず開いたまま、閉め忘れたのかもしれない、あなたに伝えた。伝えるつもりもなかった。独り言、呟きだった。張り込みを続けるあなた方は本来対象者との接触は控える、日常生活を過ごすなかのすれ違いである、高山明弘の帰宅直前に賭けた。自宅周辺を警察が徘徊(うろつ)く、家人が知れば身構えて好からぬ想像を払いたく、夫へ報知とも限らない。警察が取り得る手段(てだて)の筆頭はひっそり高山明弘の帰還を待つことであった。しかし、鈴木さんはそのとき開閉したままの窓がどうしても気にかかる。そして、飛び出してしまった。追いかけたあなたは鈴木さんと家屋へ建ち入ります。が、居ない。二階に上がる。ここで、あなたは気を失った。ぶら下がる照明の笠に乗る生首を見つけて」

「な、生首……。まるで、」小川が唾を飲み込む。「事件現場、ですね。あれれ、無反応」

「脆弱な精神だというのは誤解。根を詰めた末の眩暈が錯(あやま)った像を工面した。鈴木さんの話では生首や血液の類いは一切見つかっていない」

「鈴木さんは嘘をついた」

「有価(merito)」

「その場を収めること、で、しょうか」

「私が、暴れるとでも」

「いいえ、そうではありません。鈴木さんに悪気はなかった。ただ説明が面倒なので、あなたの独り言、夢の話を受け入れたんです」

「だから」等張、種田の気が薄氷を一面青く透け、漂いみせる一条の寒風。もったいぶるのはよそう。

「錯綜が起きた。最初に被害者宅を、別日に目撃者宅を訪れた。話によれば似通った立地と町並みだったそう、同じT区ではあるものの被害者宅はK山に目撃者宅はT丘と離れる、結ぶ端は少なくと一㌔弱を計(かぞ)える。鈴木さんの付帯象写(camera)に収る画(え)を閲(み)るかぎり類似性は極めて高い、しかも当日は雨模様、霧が立ち込めた。国道を山手に逸れ傾斜に張つく宅地が長々続く一帯に定住用地、宅地化の一大構想が持ち上がり同時期に着工(つい)たと予想がつく。数棟、類似点が読取れる。信じ難いでしょう。しかしこれは現実に引き起こった。一度目の訪問以来誰ひとり被害者宅に出向いた様子を、私は感じられない。被害者と目撃者の混同があなた方の知覚を色潜(しせん)、塗替えた。あなたの部署は少数精鋭と聞く、足速(あしな)みを調えたきも時分による、四名または五名ですか、収集役が狭室内(こべや)で一二名待機していたとして、残る二三名が外回りに宛たる、待機組みの非常時を想定しての配置でしょうね、一名のみは連絡の不備と不通に落睡の恐れ、事務しごとと着座は眠りが付きまとうのですよ。 不鮮明に揺れる突破口を血眼に探ります。被害者宅を死角(そと)、訪問地に誘う。目撃者の怪しげな行動から事件の解明を調(はか)った、至極真当な捜査手法ですからあなたがたは使命を全したと思います。、とはいえ偽の大家に嘘を掴まされた時点で術中に、いやこちらが適当、『規則』に綱掻(つか)る」

「言われてみると、新聞でも被害者の名前は……、あらっ、お客さんの忘れた新聞は名前の部分がちょうどsauce(ソース)の汚れで未確認だったかぁ。んーでも、集報是本(TV)の報道なんかでは氏名は公表されていますよね。いくら家が似ていても刑事さんたちが、訪問先を誤るっていうのは、店長の過ぎた想像に思うんですよ」

「間違ってはいないさ」店主は小川にいう。「たった一度、錯綜という凡失策(miss)を犯してくれたら好かった。鈴木さんと刑事さんは他(た)をおいて欲っする。大家の証言に藁をも縋る、巧妙な絡繰り、罠に感づく規程だった。そこへ目がけたよう、卒倒が見舞われる。漸く、鈴木さんの報告が不可怪な点を解かす、先に耳を、止めません、あなたの指摘は私の通り道でありますから。 彼の趣味が功を奏したのです、彼は張り込む高山明弘邸の三軒先に駐まる鐶梱(ワゴン)車を端末に収めていました。預かった資料です」精算台(レジ)に屈むと橙の角封筒を掲げ、抓みが幅を利かす円卓の誰彼となく設けた空域(space)へ写真を置く。「車両後部に配線や工具類がお手製の棚に所狭しと並ぶ。色と揃う一斗缶や丸に束た太い黒の配線、その奥です。、右隅に注目を。土瀝青(asphalt)に垂れる湿めり気を帯びる紙が、見つかりましたね。雨脚の強い路面では判別はつきにくい。が、車外に何かしらの液が重下(たれ)ていることは判る。近来の端末はcamera(カメラ)をそっくり飲込む充能、携え帯びる利用者を、それは透抜(すりぬ)けるのさ」

「当人がきっぱり否定します。臭気を嗅いだ覚えはまったくない」

「窓を開けていましたね?」

「はい」

「『規則』がもう一とつ、此処へ紛連(まぎれ)る、臭(におい)」「種田さんは前方に駐まる箱型貨物車(van)が臭気に慣れてしまっていた、ええ、いつの間にか。それはこうして煙草を避けるあなたが的に、仕掛けたのです。鈴木さんは煙草を吸われる、あなたの回想録と背広(suit)に小川さんがなに因り。喫煙者といえど働き手の胃は満たす、万人よりか優れた嗅覚と自負、いや嗅ぎ分ける感覚の制御を可能にする、そのようなところでしょうか。あなたは運転席の窓を数㎝開けていたはずあ、けていました。それが同乗者に喫煙を許す所有者(owner)の取りうる手立てといいましょうか、身奇麗と精神衛生を訳にスポーツクラブに割く一時すら惜しい、刮目が務(つと)めを転覆させる煙気を浸す、のか。刑事さんの質(たち)、同席者には煙草を吸う権利が備わる、排斥は自らを除籍(のぞ)く、適当な考えに私も賛成します。微力ながら気休めに喚起を兼ねあ、なたは黙って外を繋げた車内に据(すわ)る。言うまでもなく開口部に近いのはあなたの席です、隣に追加の一本を懇願(せが)みうる鈴木さんが座りしかも、coffee(コーヒー)を受け取ってしまった。これと引き換えに、もしもの要求には応えざるを得ない。あなたは窓は閉めずに隙間を保つ。換気は行えるんだ、雨量に因らず傍窓庇(side visor)が取付けてある、先を浚うよ、これは調査済み」店主は小さく吸い大きく吐いた、朦朧とした意識のなか解説を続けていた。空の肺より一斉気給がお喋りたちの目的なのかも、他者を巻き込む身勝手なやり口に舌を巻いて目も当てられない所業であるか。いつのときにも私なる入れ物は二の次が似合う、いがらっぽい喉の脆きより避けた方道。

 種田が認めた。作業員の一人に声をかけ撮影許可を取っていたらしい。塗料が不調を促した要因なのか、問い詰める矛先がこちらに緋(あか)と色づき、向けられた。黙っていれば、と意言(いけん)を何度(いくど)浴びたか、灰瞳(はいのめ)跳ぶ猫がさまに射竦め。堕ちよ、彼女はいつでも飛びかからせたまえと構えむ。

「水性塗料は土瀝青(asphalt)と同色あるいは雨水や湧く地面よりの清水に似せ、あなた方の待機車両へ雨と混じり、流(なが)る。助手席の鈴木さんが席をはずし公園の便所(トイレ)に駆け込んだそのとき、あなたの中枢神経はひそか嗅覚を始まり侵攻に抗う。顔料と脂肪油(しぼうゆ)が溶けた有機溶剤、いわゆる油性塗料(ペンキ)は、想像に適い揮発性のthinner(シンナー)が言わずともよし、鼻刺し目を突くでしょう、使用されたであろう水性塗料はそれに比して臭気は少ない。雨という条件下は空気中に揮発し飛交う臭い分子と嗅粘膜が度々触れもし待機車両の肢高(した)は熱源と傍、揮発性を高めたことでしょう。とはいえ、二転といわず元へ戻る三転は大いに。近頃の水溶性塗料は無臭を謳っているそうです、当店(みせ)の改修を任せた棟梁にあれこれ尋ねたことが、役立つとは思っても見ませんでしたね」

 未踏を知る薄紅は細かく触れた。指の先よりそろばんが珠と弾くよう、彼女は橋口の発言を考察に活かす。

 回答は瞬く間室内と橋口を飲み込んだ。

泡と泡の消え、引き地水底(みなのそこ)、引き水と濡れた同席者。

勿体をつける彼の代役は種田が勤(つとめ)た。

彼女はいう。

 種田が出遭い保護した子供は日本正と消息不明の妻日本久世との間に儲けた正真正銘の実子であり、あろうことに役所への出生届けを両親(ふたり)に忘れられた無戸籍児童だった。 久世には未練があった、安静を撥ねのけ出産直後の母体は数日の回復を待つとも先、日本正に黙ってツルムラサキの粘性研究に没頭、翌月の暦(calendar)を捲りはたと、届忘れに気がついた。

 忘れたとはいえなかった。子供に興味のない人とはいえ研究職を諦める約束で生んだ子、授かり縋った過去を必ず夫は論(あげつら)う。担当医に掛け合ったものの、診察記録(カルテ)の改ざんは立派な犯罪だからと取り合ってはくれず、ならばと役所に駆け込むもこれまた願い届かず門前払い。過失はしっかり見えるように規定を掲げては、こちらへ向けていた。殻を閉じた、娘の世話に追われつつ減った。報い。果てのない逼りくる時を埋めてやるのさ、育事の忙しなさが、私は誰?、省みるばかりの償いに思えた。勿論馬鹿ではない。切替わる静寂の、寝入り端を認(み)つけて急ぎ、第一号の特例とその受理を、。片っ端から剣先を、刺して掘り返す。駄文の一言にも目を皿に行き当たり次分、別紙。探った。幸い夫の帰りは週一度あればよい、好都合であったと喜べるこれが状況か。けれど弁護士やそのほか法律関係者は苦渋を湛え、行着く先ことごとく再読を、制度を突き返され廻る。いつしか忘れ、そうやってやっと生きられた。だから外出を娘に許可はできなかった。聞き耳立て娘は必ずや保育園、それから幼稚園に好意を向示(しめ)す。世にひとり、二歳を過ぎた頃にはとっく疑を湧き母が嘘をしっかり娘は見抜いていた。系(つら)なる苦み、しかしけれど打ち明けたとて停死(ていし)も視野に入れた娘の息呑む様よ、。誕生日を迎える度、祝う度にあと一年あと一年、それから、六歳までは小学校に上がるまではと、痛(いたみ)を散らす。

 ひた隠す丸五年が迎え降りかかった。とうとう日本に事が知れる、戸籍謄本を一枚見せびらかす家族ごと、彼らに成り代わる方をはりきって申し伝えるものだから、やめて、とは言い出せなかった、すべては私が播いた種。

 数時間前にこの事実を知る。種田の同僚鈴木が振食止時(アイドルタイム)に日本正の捜査資料の閲覧を求た。彼は高山秋帆の入学先を調べる際、手続きは別名義で済ませていたらととっぴな発想が浮ぶに、先輩の相田には黙って仕事を片付けろと尻を叩かれたがこっそり内密に徹夜明けは日の出まえ、部署内の応接用長椅子(sofa)ねむる空居間(あいま)を拝借し全市町村を対象に満五歳の女児を抱える一二、三月期の転居、および四月の入学者氏名を北より南を総ざらい、眠気もなんのその調上げる。 つもりだった。これまでの苦難が藁ばかり掴む実のない徒労であったかをそれは一挙手目のS市内を該当者へ導(ゆ)き当て死(し)ら占滅(しめ)た、という。

種田はたんたん不平を滲み締めくくる。

「高山明弘は衷情(ちゅうじょう)を抱え日本正がそれを利用した。『規則』が煽った。現在も高山一家の安否は知れない、日本が口を割って居所の見当はつくと目される。こちら橋口さんの裏作が収穫物に、『エザキマニン』と結ぶ青果の商取引を据えた。挑む。正しき法の攻めに主の本意があなたたちのへ揺らぎますか、この通りの御仁(かた)に。ならばあなたは環境を崩す策、競合他店(rival)を当咬(あてが)い競争を煽りたてる。つる性の食材に目を向かい事件を絡め『PL』を意識の端に、咬ませた犬を蹴落とし、衍(あぶれ)た青果を石釜のごとき触れずにおれない通り路に山と設ける。時は充ち。あの夜を迎えた」

「新企興が市場で勝ち抜く秘訣をお教えしましょうか」橋口は悠然と立ち上(あ)がる。「懐深く入り込む。長年の顔馴染となるべく通い続る訪問は時代遅れの、部屋に居座り人一倍世話を焼く伺候ですよ。ご覧の通り、市内を覆う尽くす傘傘傘。広告費の充当先をmediaに頼らず目に追い回すことなど、お手物。あれの一本(ひとふり)が凶器とは思いもつかない。しかも私が発した言葉すら証拠の品を見つけて、はい、罪状を言い渡す長きを耐え忍び機会が整うのです。理知的な皆さんなら憤懣やるかたない怒の矛先を向う私へ力任せに一思い、突き刺すことはなさらないでしょうがね、」

「あの、傘……凶器を運ぶための紛装(カムフラージュ)だったぁ!?」ひん剥くとに瞬く三日月はくぱく真天を射据え我たけかる背もたれの、とんと頼りし預けたる荷方。

「あの日は清夜、翌朝は小雨に当ったか」店主がつぶやく。

「やられたぁ」小川は片手で覆う。事件当日(あのひ)に配った駅前の傘は小雨が手助(たすけ)た、地下鉄通勤が回想に仇、雨雲漂うは日中の光景に引き摺るもなくはなし、他人事と位置づけ、気を取り直した。口述は行きつ止まりつ、たどたどしい。「これはけれど『規則』というか、日常に馴染んだがための私たちの無関心がそれぞれ持つと持たずとの両側、つまり全市民が凶器(かさ)の運搬を助けた。一度目は忘れ物の傘として、遺失物管理に、回収後は素知らぬ顔で片手にぶら下がり市内を闊歩そして、変形(ととの)えた。……食事用のknife(ナイフ)に戻ってしまえば、なるほどです、付着物の薬品検査は免れるし、落札品の銘を伏せ受付係へ預渡す荷物としてなら機械まかせの大型荷入(trunk)ですもん、持ち物の説明をpass(はぶ)けます。しかも、一度王室の息吹きを絶ったのだから、形振りは、もう々徹底しましょうさ、空港売店(そこいら)で目に付く『日本製』に形済(なじ)ませる。はあ、何でしょうか。、どっと疲れましたよ私」

「 深夜(よる)だもの」

「率直な質問なのですけれどね」そっと手元に寄せた、陶器の縁へかかる指。「南口の人払いをです、皆さんのその蟠(わだかま)りは一本にぴんと出入口を摑んだのかしらと……。どうやって『規則』を植えつけたんです?どうやっても、ですよ。それになんだか後味が悪いとは言いませんけど巧に丸込まれ煙にぐうるぐうる、巻かれた。幕切れはもっと盛大に大詰め(フィナーレ)に相応しく、こぉう……ぱりっと、しゃんとというか……」「ぬーん、形容が見つからん」

「わたくしが泣きはらして皆さんをめったはったと殴り飛ばす。または、凶器を振りかざして逃走などと期待をされる」薄笑いの下隠れる魔物が透(う)すく、。小川はのけ反る、やや斜めに側面を向く。刑事は平静に保つ、微か攻めに転じる兆候が見えたら飛び掛らんばかり、じっと対象物、獲物を睨(ねめ)つけて。

 話さないと。誰しもが、少なくと室(なか)の私(ひとり)は了承の域に自ら留まるが、しかし彼女の言い分こそ市井を代する。説明は義務なのだろうと店主は潔くも諦めた。憶測であり、その気もないのに知り得たと弁解(いっ)ても表沙汰を経る、処(くだ)す法の措置が磐石に事を送るさ。しばらく市民に居残り程なく失せやう。覚悟の上と決断は快諾していただくつもり。胸(きょう)の痞(つか)えた方々とて自損を受け入れ参席するのだ。この期に聴かなければなどもっての外である。厚い色硝子窓は雨に模様、濡れて雨滴着飾らず濡れ手しまうならいっそそのまま爪先(あし)まで浸ろう雨、濡続けて、目掛けるの其処は軒先に遠慮がちはひと様借りたろうさ、雨宿りが一興かしかしらん。どうにせよ雨間はやって来る。待ても暮らせどもはもしかする、折合つけたる俗習だろうさ。

「常連客の顔はおおよそ取り出せる形態(かたち)に記憶を管備(stock)してある。瞬時に思出す期会は、あって万に一つの嘘のような割合。縁辺(えんぺん)を漂う、見た目に代わる象選項目(item)が指し当てる。 客間(hall)を担当する国見、という従業員がいます」店主は橋口とそれから種田へ発源を向た。「彼女はほぼすべての訪問客、二度三度の来訪者・闖入者とも言いますか彼らをも憶(おぼえこ)む、誰がどの者とどの席に時間帯(いつ)座るのか断えず留められる。一度きりに来店より日を空けようとも忘れない。仮に『事件に関わりがあるらしい』、認証適(みとめ)れば彼女は進言するでしょうね、いついつ誰それあの席にその方は座(い)た、と。この事件は発覚目論む僕への接触・接近行為だと考えます。『エザキマニン』が僕自身、犯人の思(し)惟(い)は僕と店をひと括りに扱う。ちなみにここまで話に登場する要注意人物たちは一度か二度、その顔を覗かせます」「はい。あなた方が対面、ここへ現われた、どちらでも、」

「日本正さんの奥さんには会えてませんよ」と小川。

「うん、小川さんはね」

「店長は会っているとでも?休憩時間に、こっそり姿を見せたのですかねえ。はーん、白旗だぁ」

「解剖施設の佐重喜(さえき)さんと種田さんの上司にあたる熊田さんを介して欠損部を補った。訊かれなかったからね」

「店長、膨大な名刺にもいちいち照合(check)を、はぁ。これは情報量云々ではありませんね」小川はため息。息が耳元で風となる。「几帳面な性格と大雑把が差をつけたと。うんでもってぇ、その熊田さんとやらは佇間合(dandy)な紳士ですよね、何度か来店してましたな、うんうん」

「邪魔者と扱われた、どうぞ軽率なこれまでをあなたは笑えます。知らなかったただの一言にのみ、言い捨ててくれれば本望です」情意に任す種田は口惜しくも否をあっさり認めた。

「落ち度と怠慢、節し穴、曖昧な識(しき)閾(いき)を挙げてしまう公開処刑の場には到底なりえませんよ。僕には理由がありませんし、何より理が通らない。店のための利益ならば躍起になり汚点を詰(なじ)る策を練るのでしょうから、このよう、行き当たりばったりが解説に以上以下が価値などありはしない。 解釈は人によりけりでは、あります」

「それで?」

「佐重喜さんは、どうやら真相に迫るべく私に働きかけていたのです、ちょうど橋口さんが裏で糸を引いたように。自分では手を余す、職業柄真っ先に身の安全が過った。弱腰か賢明と採るかはおのおのに任せます。何しろ、不確かな実体の、世間を賑わし一時代を築きかねない新着象徴(new comer)の登場に、恐れ多き解剖医の一意見は無に等しくも飲食業界や関係を持つ方々に水を差し、尻尾が掴かみ自身に止どめを刺し兼ねない、佐重喜さんはそうして私へ合図を送ります。段取りを踏む、逸脱を避ける。僕が怪しむよう刑事さんは来訪し、昼食(lunch)の後片付けにまとめられる精算機(レジ)の脇、籠の中の名刺を覗いた、僕の『規則』を利用した」

「なるほどねえ、そういうことかいな」と小川は納得。

「理解しかねます。言葉が足りないとしか思えない」不満げは軽々と、えらく険のある。種田は、自己処理を終えたと見える。そういえば打ち捨てられる人だったか他人を見て己を知る、気分屋に冷血、悠長な接続(つなぎ)を求むか。

「ああ、店長は数か厚さ、基準は予想ですけど一定の冊数が集まる日は振食止時(アイドルタイム)突入前に厨房を出て回収した束を頁(page)は捲らず表紙や目次をぱぱっと写真に収めるみたく視界に取り入れるんです、名刺は六枚一組週刊誌に重ねてぱちり。といってもです、六枚に満たないときは明日に回す。、名刺の置き忘れが多かったときというと……」

「保栖芳樹さん、迷惑なお客、古美術商が来店したとき」

「暦(calendar)に書き込んでませんか。毎日先月分の遭遇を振り返ってるとしかおもえない」舌を巻く。小川は橋口から離した位置へ席をずらしいつでも逃げられるよう天板より一席ぶん外へ、壁掛け時計を両膝は、さす。

「訊かれる可能性は高い、だから覚えていた。それだけだよ」

「それだけが、大したものなんです。凡人は決して口にしてはならない」恨めしいよりも近からず、距離を感じた、恫(いた)み。彼女は存在を小さく、体をひと纏(まわ)り縮めた。種田が先を急ぐ。橋口は不敵な笑み、口腔内の咀嚼物は味を変えるべく甘いchocolate(チョコレート)を二ついっぺん抛込む。小川は恨めしそうに体型を気にかける自らとの比較で遠慮のない深夜の間食なる、すき放題が躊躇いのなさに、はあ、忘れられたつかの間、ため息をつく。

「情報を得たあらましは不満足ながら証明がなされたものと思います」立ち昇り。店主はついつい火を点けてしまった。水を差す彼女等の発言を遅らせるに酸素供給を促す呼吸筋の活性と阻害の両勢が功を奏したか、この速度が場に馴染むようだから、割り切るさ。中毒と無縁に明日にでも、それこそ『規則』を従える禁煙法が遵守を強いられようと、影響は微々たるものであるさ。店主は言葉を続けた。「時は遡る三年前、「日調理フードイメージ」の受賞式、列席者へ向けた壇上、受賞の富機智演説(speech)をやり遂げたのは日本正さんの妻久世さんです。映像記録が残されていないのは同時期同時刻に日本料理が世界文化遺産に認められるに注いだ弛まぬ尽力・功績とを称え仏蘭西より帰国する料理人を目当て、空港内の会見にこぞって報知媒体(マスコミ)各位が流れた。文化遺産に多大なる貢献を果たした先導的役割を担う方の藍綬(らんじゅ)褒章を報じる新聞記事が掘り下げた小さな一文で知れた。日本正さんに注目の集まる洋雑誌の特集記事までは、。選びようもなく耳へ入ってしまう情報の網に、引掛(かか)らず抜けた。盛り上がり、浚う話題性を下回った、そう贔屓目にみても注目度が高いとはいえなかったのです。残された手掛かりの音声記録も空港へ看板記者が飛び、こちらは短時働員(アルバイト)を低賃金しかも数時間ただ収録がために拘束することで辛うじて授賞式の模様が朧気ながら見えた。、話したとおり映像は残されていない。だがしかし音声は、生きていた。電信変音(speaker)より流れる特徴的な声や毎日耳にする家族の声は聞き分けられる。しかも、永く晒された音声をヒトは知っている、特異な機能を我々は持つ。それほど近親者つまり身内、仲間と敵の声を聴き分ける能力が外見などの情報を取り去った状況に置かれようやっと現れた機能に私たちはこの恩恵に知らず知らず預かっていることと、体感をする。まあ、後半は正確な情報と受け取らないよう、あくまで私の指摘な見解です」

魅入る、「……私たちは出会っていた、それは聴きなれない声であって身近な人が可能性から消えて……」小川は落とした麵麭(パン)屑を摘み、潰し。粉。「これに店長の『規則』を当てはめてやるともしか……いいんや蘭さんでも、隔週や月一のお客は覚えてられませんて。声だって注文に交わす二言三言、私たちは流れ作業で次から次お客さんたちを裁くし観光客も地元客に混じってその数は年々膨らみます。より分け選別だぁなんて絵空、事……、店長は知る、だったら勤続勤務の私も顔を合わせた間柄……」

「僕の解釈を数㎜ずれた」正体はさておき、訪れた数に触れる。「防雨外套(rain coat)の訪問者は二度、店(ここ)へ足を向けた。一度目は僕一人のとき、次が小川さんとそれから館山さんもだ、階段で傍観者に徹していた閉店後の深夜。二人は異なる人物だった、訪問者が二度訪れたんだ(・・・・・・・・・・・)。真相は犯人、橋口さんと僕だけが知りえる秘密なのだけれど……」種田は確信めいた態度(いかり)で遮る。本来の明るさ、花形装飾電灯(chandelier)の灯をその両瞳(め)に宿し。

「日本久世の死亡届は三年前に受理された、確かだ!」言い切った口ぶりは確たる証拠に裏打ちされた、過信とは似て非なり、警察の威信や記録の正確性を覆すが要因ありようならば提示の儀に臨んでみせよ。

「刑事さんの問いに応えるにはもう一段片付けておく説明が居残るので、遠回りを覚悟に一旦道を外れます。、わかりました。小川さんの要望に応えてみたくなった、これが正直な心情です」店主は小川、正面の橋口、種田を順に見回す。落とす視線は唯一点る煙草へ。「もう一人店を訪れた、女性です。これが四人目。もっとも、この方は会の当初に紹介を済ませている」

「目撃者の一人」小川は『問い』を忘れてしまったらしい、聴覚のみを頼より視覚の働らきを無駄だと一時的に取除く。彼女にしては稀に見る行為である。

「そう。いいえ、これのみが考えに到する筋道。腑に落ちない、突拍子もない、くだらない指大向(ベクトル)に想像を絶する、ありとあらゆる中傷はこちらの耳に届きません。これしか組合せの妙を達成してはくれないのです。詳細は、これから話します。『焦らずに』が言えたものか、さんざんぱっら話した挙句口にする弁明は効果が薄いとこちらが証するようなもの」思いにまかせ吸吸されては吸い口の潤うこと、立っていればくらくら頭の芯より揺さぶられ。落ち着いて。中の塩基へ、活度を緩めよ。配慮を従える、諭(さとし)た。言い方を誤るとへそを曲げるやつがいるものでね、店主は続けた。「忘れ物という届け置いた提出物がいつものよう、占めた精算台(レジ)の一角は数十冊を一二と数えるほどでしょうか去年の同月に比べ冊数、厚さを含みます、二倍以上に膨(ふ)えた。寝台(ベッド)に入り眠りにつくまでが一時間ほど、読書に割かれた。僕にとっては長い。個人の観測と思ってください。 小川さんや客間(hall)係りの国見さんは歓談と摂取に耽けるお客たちがたまたま当店(ここ)を選ぶに至ったと考えるでしょう。誤りではありませんけど、正確でもなかった。挺(ぬきん)でた『PL』の集客力は奇しくも、多勢が色に染めた。新聞と雑誌に名刺はどれも日本正なる人物についてを時にかすかに時にみっしり標的(target)に虜(とら)われるよう仕掛を施していたのさ。小川さんたちも新聞や雑誌をたまには気にかけて捲ったりはするけれど、閲覧と店外に持ち出す権利は店主である僕に帰属すると、立場をわきまえて振舞う。何度か興味を引く雑誌を、頼まれて譲渡(わたし)たことはあったけれど、その人一回きりで以降は役割に徹した。各自がその振舞の愚かさ、は言いすぎかな、とにかく卑下した行いに捉えなおしたんだろう。 忘れ物の情報・紙面は丸ごと僕に流れる。僕ら関係者から情報を探るもよし、飛び込みの業者を偽り店内(なか)を探ることも可能だ。お客としても勿論来店はできるし、顔を覚えられていたとして当人が顔を晒さず人を雇えばいい。もしくは、故意に忘れて帰り数日後取りに訪れる、店員は親切に忘れ物の保管期間とその処理を教えます。所有者の、霞すむ忘れ物であればあるほど疑いは薄れるものだ。こうして、僕の『規則』を手に入れた」

「店長、今日はほっんとにようく口が回りますよね。関心です、感謝です、声が聞けて」

「僕自身『規則』を立てたつもりはないにしろ、昨日の判を押した容姿、行動であるらしい。大よそ正解。、紐解くと日ごと異分野を駆ける、これの繰返し。刑事さんたちの仕事と共通項を探せばいくらでも溢れようは湯水のごとく、。初動捜査を逆手に取られた粗相の揶揄でありますか。、事件を披(ひ)らく触的過程(approach)にはおのおのが経路を用い、初動捜査など組態の乱れなきよう大枠は時折現れる半透明の壁(いただき)を避け、それら心と適度に張り逸脱の食い対象へ及ぶ。僕はしかし、そんな『規則』と距離を置くのでしたから、逆に利用されてしまった。『規則』に幾度と反く拒否が狙われた。『はい』『いいえ』の二択とは似て非なるもの、根源に狭小射(spot)を当てた。よく考えられている」

「余計な口出しはとてつもない視線を真正面から受けるからで」小川は首をすくめて店主の話に割ってはいる。問う無能さを、威圧に満ちた種田の瞳力に気怖されたのだ、と。「個人(はんにん)の心の内が臆面もなくぶちまける未来とやらが颯爽駆け寄るのでは、ないのですか……、店長?」

「最初から核の部分に触れて列席の面々は納得を身に抱え帰宅の途についてしまぬよう心を砕く、石橋を叩いて渡る慎重ぶりなんだ。時間は惜しい、この場をすぐにでも置き、眠りたいと思う。いつもならば自宅に着いたか、そうでなければ厨房で試作品と向きあう。口を挟んでしまう無駄に思えるのは、話の途中だからで、心配せずと判定を受付る時間は設けるさ」

 橋口は蔗(しょ)糖に飽きて塩分を欲(ほっ)する。見つめ。干し貝の長きに挑む気構えか、小袋を開封するや躊躇い知らずかつちゃりくっちゃと咀嚼が始めた。帽子を被ったまま、頭髪を気にするのだろうか、店主は呆れのぽつぽつ混る刑事を尻目に捉えつつ立ち入り禁じる門扉はひらき意中の解説に努めて。

「自薦、他薦を問わず我々は円滑な明日を生きたいがため無意識にも『規則』を借りる。僕に用いたのは自薦。そして刑事さんたちの初度捜査とS駅北口の戸(door)、凶器に変じた傘に食器もこれと一緒です。 僕が感づくこと、日本久世という名と顔の一致を、犯人は願っていながら登場人物を巧妙に配(なら)べ、殖やします。雨合羽(rain caot)の女性役を二人が演じ、僕は一人目の日本久世さんと遭う。声を聞いたといえ、授賞式の肉声は出没よりずいぶん後耳に入れた。直にお客と触れる役割は彼女たちが受け持つ仕事、ですから聞き分けたお客の声は十名は多く五名は越える数七か八でしょう、時間帯を分けられると一名増える。 どちらか声質の似た一人です。僕に較べ接客もこなす小川さんはその点声は耳の覚え顔も記憶している。そう既視感は、抱かれた。、しかし国見さんと対は張れず、記憶力は見劣る。また、厨房の従業員館山さんも二人目の来訪を視界に於覚(おさ)めていて、食材か自分の手元ばかり忙しい、pizza(ピザ)釜にほぼ付っきりであればお客の顔は声と隔てた格納だった。少なくと僕より店先の行列を出窓からお客の顔顔は、取込んでいたかもしれないね。小川さんたち従業員のなかで最も懐(かい)に優れる国見さんは二人目の大立ち回りに出くわしてはいない、音思(おも)う顔容(かおかたち)の訪問者であった。 夫・日本正に代る挨拶(speech)は音声のみが残りそれは出版社所有の取材記録(date)であって例外を除き一般に開(あか)される代物と言いがたく、国見さんはお客の顔とその声を加え、。記憶をすり合わせる出来事には遭遇していなかったんだ」息継ぐ、店主は吸収綿(filter)を軽く噛み、放出。「ようやく軌跡の片鱗を皆さん霞の向こうに捉えたでしょうか。 『声』を受け遅ればせながら一人二役を認識する。、あくまで蓋然性の高さを云(ゆ)う。これでもしかし、納得は後ろ背に不満を顕わす。特に小川さんは犠牲(penalty)を伴った暴露をこの場に期待する。真当な人物などが世の中に、語弊を招く言い方ですから、常識人の登場も、本来、あっては、ならない。、それは数値で人を測った盲(くら)い見方です。おしなべて私事(わたしごと)は多大(おお)かれ少微(すくな)かれ息づくし、紐解く事態をです、被害者とその家族や抗いにくい力を持つ法曹でなくては詮索は許し難くあってはならない、と僕は思っています」

 ―良いかげん本題に入れ― 語べを降ろしてくれるなら。公開に踏切る手数を増やして待機線へ待避(のが)れるには一手間分岐(point)の切替え偽装を要す。二手も余計に這わせし手順は種田一人なら可能であった。無垢な小川の質しい示唆をあしらうつもりが甘く見積もったばかり、失態。しっかり後始末は浮世におさらば仕様。雨に零られたにせよ、一手間にせよ、二度と興味を垂涎(そそ)らずいられること願いひたと込め、後半戦をつむぎ、始めよう。