コンテナガレージ

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「発売前に外装を知られては販売実数が伸び悩む、ということでしょうか」アイラ・クズミは尋ねた。
 スーツを着た人物が助手席を下りる、アイラは視線の先を覆いがかかる小型車のフォルムに戻す。
「よく私どもの事情を知っておられるようですね」きっちり分かれる豊かで黒々と太い髪の男、薬師丸がはにかんで言う。彼は運転手の男性に目線を送る。運転手と車はその場を離れた。
 実験施設や学校、大学の構内が似つかわしい表現だろうか、真後ろに三階建ての横に長い施設が建ち、その前、つまり彼女たちが立つ足元はレース場を髣髴とさせるトラックが完備される。ここに来るまで二つのゲートをくぐった。ひとつは警備員が常駐する、外部と繋がるゲートで、もうひとつは機械管理式の自動ゲートであった。
 初夏に発売が予定される新型車である、覆いは風の影響を考慮に入れた分だけボディに張り付く素材が必然的に求めたのだろう、丸まったテープの固まりは雪だるまのごとく周囲のべた雪をその身に取り入れ畳む彼は随分と手間取っていた。
 黄色、イメージカラーを原色に定めた、鮮やかな色あいを提案するのだそうだ。初見のインパクトを大々的に打ち出す。むやみな広告、それに発売数ヶ月前の予告は得策とは言いがたい。アイラは駅構内に張られる商品群のすべてに購入を控える。大勢に向けた裾野の広い商品の価値は価格の高低を問わず、不要に振り分ける決まりなのだ。この企業はかつて取り組んだコアなファンに向けた局所的な製品作りはとっくに見切りをつけてしまったらしい。
 規模の拡大・生産技術の革新がもたらす製品価格の低下にブランド化による購買欲の増強、果ては海外進出と海外出店に海外専用の製品。車を欲しがる対象をどこかないがしろにした戦略に思えるのは、私だけだろうか、アイラは滑らかな小型のボディをまじまじと眺めた。
「イメージは浮かびそうですかね?」ご機嫌を伺う担当者の薬師丸が早速尋ねた。軽々しい発言だ、という意識は欠片も見えない、発言を切りった断面はスカスカな空洞が拝めるに違いない、それほど空虚だった。
 電話対応に感じたこちらの要望に了承を告げた軽微な躊躇いは、プレス発表前の公開に先立ってひとつの懸念材料を抱えずスムーズなお披露目をと、薬師丸たちクライアント側の想定が窺えた。いざこうして新車の事物と相対した丸秘公開の場をどこか浮き足立った様相の彼は消化し切れておらず、懸念が拭えてないのである。言葉数が多く、同様の注意事項が幾度となく車内で言い渡された。絶対、遵守、訴えられる、といった過激な表現を多用、契約事項に書かれた内容を私は見落とす、あるいは概要の把握は事務所に任せってあり所属歌手が契約の文書に目を通すわけがないのだ、と決め付けた判断を彼は下していたのだ。
 アイラは屈んでタイヤに注目する。彼女は車の知識をほとんど持っていない。エンジンや車の動きと大まかな構造は理解してる。
「太目のタイヤを標準装備にしました。スポーティなコンセプトですから、あらかじめお客様の要望に応える形、高速走行におけるハンドリングとグリップを重視しております」軽やかなしゃべり、嘘かでまかせか、温度の低い言葉はよく判る。表層を撫でる歌声に似ている。真似ているのだ、外側だけを。
「私個人の観測によると」アイラは立ち上がり、腰に手を当てていう。薬師丸の顔をあえて避けた。黄色くコンパクトな軽自動車の車高を軽々下回る、居住性とは正反対のただ運転を行うスペースの"ウェイブ"が、視界の主役。「収容人数と大空間のファミリー向け、ラグジュアリーと適度な華美の年配・高齢向け、低価格の若年層向けが車道を走る車が世間でもてはやされ、あなた方が世に送り出す製品の大半に思います。路線の変更でしょうか、それともこれらの市場に見切りをつけ、新たな分野の確立が狙いなのでしょうか、どの領域にも満遍なくというのはいささか都合がよすぎる」
「もう一度聞きますけれど、どちらかで私どもの資料をお読みになっていませんか?」
 アイラは一瞥する。
「いえ、疑っているのではなくて、なんといいますか、その……」
「的を射た、的確な指摘に驚いている。数日前か近日に行われた会議等の数人が顔を付き合わせた話し合いの場でどなたか、あるいはあなたが私と同様の発言内容を述べたのでしょう。内部事情に詳しくなくとも、これぐらいの見解は情報を浚うまでもありません。日常の観測にそれほどあなた方の製品が視界に入り込む。顧客データから抽出をせずとも、結果はおのずと目に見えている」薬師丸は目を疑う、想像と現実の乖離、その修正に忙しく慌てる。不確定要素をなぜ盛り込まないのだろう、どちらに転ぶせよそれは良薬であることは明白であるのに。
「無口な方だ、と聞いてました……。これは一安心です」
「なにがですか?」アイラはきいた。顔の向きは車に戻る。日はそろそろ高度を最高に保つ。
「失礼かもしれませんが、好意的な返答に大変驚いております。もっと、気難しい方を想像していまして。いやあ、よかったぁです、はいぃ」語尾が多少なまったが、地域の特定は避けた。その詮索は度を越している。