コンテナガレージ

仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

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ぐるっと車を回った。車越しに薬師丸が時々映るもレンズの焦点は車に合わせた。そこに人がいる、話しかけないのであれば、その程度の認識で十分事足りる。
 ツーシーター、後部座席はない。すると後部座席を要する車はツードアと呼ばれるのか、それではフォードアとはドアの枚数を表した後部座席を備える車、ということなる。いや、逆だ。フォードアが元で、後部のドアを廃してツードア、それに後部座席を取り払ってツーシーターなのだろう。なんでも括りたがる、悪い癖。
 首の角度が固定された。
 前輪後輪の間隔が狭い。
 回転の半径が小さく収まる、小回りが効く。
 都内の狭い道路に適した印象、
 視界の低さはネックかもしれない、トラックなど大型車の背後は顕著だ、
 レース場ならまだしも規格の異なる車種が走る路上である、
 特殊な形、信号待ちで多くの視線を浴びることは間違いない、私には不向き。
 アイラは後部に回る。
 コンパクトな形状、トランクの大きさが重要視されるのだろうか、ちなみに常時荷物を入れた走行は一般的な指標となりつつある燃費に悪影響を及ぼす。
「どうです?」薬師丸は一貫して主語を省く。意思疎通の最たる表現法。そこまで距離を詰めた覚えはない、彼女は応える。
「製造理念と届ける意味。あなた方生産者の覚悟、誰に向けたどのようなコンセプトであるかを、伝える、これが肝要に思えました。とはいえ、」アイラは淡々と語る。「製作意義の根底に、消費者は目を光らせます。価格の高低差がもたらす驚きに慣れてしまった、あなた方が蒔いた種から芽を出した草花ですよ。"定常"の範疇に引きあがってしまった低価格は、スタンダードで見飽きた戦略に取って変わる。提供品をリーズナブルに生産し、お客に届けたい一身が反対に自らの首を絞めた。技術革新、追及の手を休めることはないでしょう、続けるべきです。ただし、それらを他の車種への流用は控える、という約束事が守られなくてはなりません、独自性は車種ごとに保たれるべきです、似通った物をあなた方は排除しなくては。到底価格との折り合いにこれからも身をささげることとなる。他社との競争原理に打ち勝つ、ないがしろにされたお客、対象者はひどく退屈そうですね」アイラは息を吐いて目を合わせる。「私はどこまでを曲に反映させるべきでしょうか?」
「もう一度お聞きしますけど、アイラさんは本当にその、自動車産業に精通してる人物ではないのですか?」疑り深い薬師丸は二度目の不要な質問を繰り出した。
「繰り返しはこの一度きりにお願いします」アイラはあえて応えた、通常は無視か、無言を決め込むところである。「一般的な視点に立つ観測が、私のよりどころです。なお、業界に精通しているからといって全体を見渡せる、という認識は改めるべきかと思います。作り手は傲慢になりがち、性能と外観の、芸術性を備える工芸品と称される車の造形にあなた方は高い評価点をあげたがる。ですが、手に取り、利用をする人々の立場、生活、環境に身おくと一般的な視点が物を言うことは当然の慣わしです。あなたが驚きを込めて尋ねた要因は、そうしたお客たちの視点をないがしろした、あたかも分かりきった、思い込みの視点によりますね。しかし、これもまた正しくはないでしょう、誤りかもわからない。ただ、ひとつだけ確証は得られた。あなたは私の思想や取得した情報源の出所を想像に上げたのです。言い換えるなら、私が予想を上回る業界の内情を言い当ててしまった。つまり、世の中の法則などは、常に等しくある、ということでしょう」
「参りましたなあ、これは」薬師丸は引きつりと若干の笑みに収める顔を背けた、正しさに満ちるアイラの瞳を嫌った。彼の肩が大きく上下、気持ちを整えているらしい。そうして上半身ごと顔が向く。「アイラさんにはCMの映像も見てもらいましょう、決めました」
「私の意思は後回しですか?」
「滅相もない」彼は顔の前で手を振る。「もしお時間が取れるならば、ですよ。映像監督よりもウェイブの理解度が高いあなたに、私からの注文ということでアイラさんの指摘を監督へお伝えすることも可能ですので……、どうか!一度映像を見くださいませんでしょうか!」力でねじ伏せようとする熱意。下げられた上半身の勢いと真摯な態度が人を揺り動かす。
 アイラには無縁の心境だ。
 元来、情というあいまいな概念とは付き合いを避けて生きる。実際にこういった場面に出くわしては、きっぱり断りを告げてきた。
 一種の儀式、に思えてしまう。
 いくらかは要求を呑んでくれるしたたかな魂胆。
 誰一人、頭を下げた中に今後の展開、二次的な被害や二度目の失敗について何一つとして改善策を提示してくれた者はいなかった。この人もその一人。まだ、契約の解消を引き止める事態は訪れていないものの、そのときには予想通り同様の仕草が発動されかねないことが知れた。不要な係わりを避けるべきだ、彼女は思う。このクライアントがもたらす要求である以上は二転三転する内容に応じられる広がりを仕事に持たせなくては、まったく、そう、まったくである。