コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

3

 夕日が差し込む廊下、突き当たりの窓を建物の許諾なしに通るオレンジに膨張した熱の塊が観葉植物の影を作る。押し開けたスタジオのドアを閉めた。名残惜しさ、恋しい廊下の絨毯を踏む。考え事をしていたアイラは数メートル先の人物を見落としていた。通常なら二階に到着したエレベーターを降り足を廊下に踏み出した場面でアイラ・クズミが喫煙室のキクラを捉えるはずであった。敷き詰めた絨毯が足音を消していたことも要因として挙げられる、もっともキクラ自身も考え事をしていたのだろう、背中を丸めるときの彼は独り言をよく呟くのだ。
「もう帰ったのかと思いました」
 うつむくキクラが顔を上げた。
 彼は数時間前の喫煙室に入る間際、出かける私に声をかけたらしい。二階は喫煙室と反対の突き当たりにエレベーター、スタジオブースのドアはほぼその中間に位置する造り。
 灰皿を挟んだ椅子に、アイラは腰を下ろす。キクラは手元にコーヒーカップを持つ。タバコを咥えて着火を待つ、臨戦態勢である。室内は二人だけ、まだ夕方である、そろそろ仕事に取り掛かるという同業者が増えるか、昼夜逆転の生活スタイルが好まれる業種ならではの光景が拝める刻限だった。
「昼ごはんには帰ってくるんじゃないかと、思ってね。一応だけどアレンジのパターンは三種類作っておいた。無駄にはならないだろうけど、気に食わないんならきっぱり捨てても、僕は平気だから」肩を軽く竦めたキクラの瞼が落ち窪む。疲労の蓄積が窺えた、うっすらと隈がにじんでいた。
「労力を費やしたから採用をする、前時代の名残とは別れたつもり。戯言を言わないあなただから、仕事を頼んでいる」アイラは言った。
「存じてますよ。けど、一言連絡だったりさ、大まかな戻る時間を伝えてくれると、こっちとしても昼食ぐらい時間に余裕を持って食べに行けた」
 そうか、人は食事の時間に重きを置くんだった、アイラはすかさず対応策を述べた。
「以後、三十分以上の遅れが生じた場合にはカワニさんを通じて連絡を入れます」
「アイラにそう、正面切って謝られるとは、なんというか、ふーん。まいったなぁ」足を組む、キクラはやっと火をつけた、煙を追って彼は別の話題を探り充てた、あがった眉が物語る。「……そんで、あれだよ、新車を拝んだ感想は?がらっと変容を遂げる曲の変化ってのも僕は驚かないつもりだからね」どこか得意げ。
「空腹です」
「はい?」
「想像よりも全体の大きさは一回り小さい、車高の低さもコンパクトな印象を引き立てていた。空腹はご飯を食べ損なった、それだけ。標準仕様に太目のタイヤを採用。シートは運転専用に作られた住環境そのもの、詰めた前後輪の長さは旋回性能に期待が持てます」
「試乗はさせれてくれた?」付き合いの長さが功を奏した、初対面の相手ではこうはいかない。
「いいえ、願い出たら乗せてくれたかもしれませんけど」
「それはそれは」
「関心がなさそう」アイラはきいた。
「車がそれほどの好きじゃない男だっているのさ。電車にだって子供のときでも夢中にはなれなかったしね」
「なる必要があるように聞こえます」
「あるね、共通性は強力な磁石みたいに働く、嫌いでも興味があるふりは、その後の生活に支障が出る。嘘はすぐにばれるのさ」
「気を使っていたのですか?」
「僕なんかは取り得がない方だから、生き抜くためには世渡りを長けていないと。アイラは別だろうけど」
「ひとりになれるチャンスです、断りはきちんと言い渡す、こちらが迷惑をしているとは相手はまったく思い描けていない、自らの心象風景がすべて、押し付けている感覚すら持ちえていない、構うだけ疲れる、応対は遮断、それのみです」