コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

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タバコを叩く、塊、灰は切り落とされた首のようにぼとりと、しかし音もなく、暗闇に溶け込み姿をくらました。 息と声を出す。当然、煙が混じる。
「どちらから漏れた情報ですか?」アイラは厳しく情報の流出を記者たちに咎め、釘を刺した。漏洩の発覚は会見に詰め掛けた報道陣、記者が作成に取り掛かる記事一切の掲載不許可に通じる。
「さあねえ、僕が得たのはネットだけど……、そうか」彼は腿を叩く。「テレビじゃあ、報道されていなかった。もしかして、規制をかけたの?」
「何も公表しないとなれば、暴れだすのは目に見えています。であれば、こちらは譲歩し、いくらか手の内を明かす。すると相手は限られた情報に群がり飛びつき、一時の興奮は収まる。巷の情報は速報性が第一。翌月に先月の出来事を尋ねてみれば、すっかりおもしろいほど人は現在に夢中なのです」
「は、はあぁ、なるほど、うん、確かに言われてみると先月の話題は忘れてる、覚えてるのは追加の情報や記事を読んでいるってことだもんね。つかぬことを訊くし、僕よりは下だってことを承知でさ、……アイラって、いくつ?」首をかしげてキクラがきいた、組んだ腕の中からタバコを挟む指が飛び出る。
「年代がもたらす経験の差異とは、体験の量です。キクラさんが言われる若い人物の達者な振る舞いは、情報の取得に時間とそれこそ地位や名誉が関わっていた数十年前の過去。現在は発信と受信の規制は非常にゆるく、そのアクセスも簡易になった、高密度の体験に日々浸かるのです、若者は。私はネットはほとんど見ませんけど、必要な情報を得る媒体としての特化した機能であるならば関わりは持つ。しかし、厳密にはネットを介して精度の高い情報が書かれた書籍を買う、という利用に留まる、これが現状。駄文や見られることの前提を取っ払う支離滅裂な文章に私の触手は伸びはしませんから。タバコを吸い終わったら、私はブースに戻ります」
 長引きそうなので先手を打った。キクラが話し好きというのは想定外であった、アイラは情報を更新する。だが、キクラは話を聞いていない様子だ。訝しげな眼差し、皺がよった眉尻は厚い皮膚が盛り上がる。彼は、斜め下の床を見て呟いた。
「それって、俗に言う密室だよね。機内で人が死んで、その場合ってほら、航空規定なんかを遵守すると一定航続距離に達していなかったら、空港に引き返すはずだ。けど、アイラたちはアメリカに到着をした。まさか、今までずっと日本にいたってことはないよね?」
 残り一センチ、タバコの終わりをカウントする。アイラは煙を真下に吐く。
「あちらに仕事がありました。搭乗機はチャーター機であり全乗客の目的が渡米です。ご存知ように機内においてライブを開いた、これが私のもう一つの目的です。人が一人死のうと、その事実の発覚が殺人という不可抗力を認めうる場合、即刻引き返し、早急な現場検証を私は求めるでしょうか?」
「ううんと、演奏はさ、終わってたの。そこは重要だよ」
「終わってました、片方は」
「カタホウ?」目をぱちくりさせる、キクラは男性にしてはまつげが長い。いや、デフォルトの状態では女性に比して、男性の方が濃いまつげを持つのではないのか、アイラは思った。
「定期ライブの振替え公演に今回の機内演奏を催したことは知ってますね?」
「うん、会場が急遽使えなくなった」
「観覧予定者を優先的に待たせた演出を早く届けたい。が、機内は縦に長く飛行機を飛ばす補ったお客たちが乗車を共にする、そのそため声と姿は一度の演奏では賄いきれない。よって、私は二回に演奏を分けた。第一回目と二回目の間に死体は誕生したのです」
「お客さん、には、知らせたの?」音を鳴らして彼は唾を飲んだ、緊迫した場面にアイラは思えない。
「いえ、伏せたままです。私たちと客室乗務員、機長が協議し、結論は継続航行が望ましい、との判断に至りました。私はこれで」アイラは腰を上げる。
「いやっと、待って待て。これじゃあ生殺しみたいで後味が悪い、仕事中も気になってしょうがない。教えてよ、死体はアメリカで調べらたの、ねえ、それだけ、最後に」両手を合わせたキクラが縋る。
「……機内の取り調べや聴取に代表される拘束は思いのほか短時間で、私たちは解放された。事件性の疑いを彼らは持たなかったのでしょう。私たちは判断しかねましたが、科学捜査の恩恵が地道な聞き込みを取り払った、ともいえますか。とにかく、私たちには嫌疑がかからなかった」
「もうひとつ!」押し開けた扉、廊下に半身を出したアイラは問いかけを受けた。一瞬天井を彼女は仰いだ。「アイラが機体を借りたことが記者会見の理由に結びつくのかな、大げさすぎやしない?迷惑を被ったのはアイラだって乗客と同じだ、それにアメリカの警察は関与をあっさり否定したって態度に取れたんじゃないのさ」
「それが私の意に反して会見を行った要因です」
「どういうこと?」
「工作を働いたのではないか、という疑惑を持たれたのです、日本の警察に。アメリカ到着までに私の関与を取り払うため、痕跡を消し去った。おそらく、亡くなった方の家族が訴え出たのでしょう」
 今度は有無を言わさずにドアを閉めた。お腹がすいた。何か食べるものはなかっただろうか、記憶の隅で冷蔵庫に残るクライアントが持参した十日前の饅頭の差し入れを思い出す。彼女自身甘い食べ物を嫌う、ただ一度饅頭をクライアントの前で食して以来、私の元を訪れる人々の手土産は饅頭が定番の品、間違いのない、これならば許され、喜ばれる品に昇格、いつの間にか知れ渡ってしまった。もっとも今日は栄養補給には最適だった。残っていることを祈って、アイラは足音を消す薄暗い廊下を歩き、つま先を進めた。
 長く伸びる黒を踏む。
 観葉植物の影を引き継ぐ喫煙室の明かり、それと彼女自身の影が廊下に短いシルエットを映し出す。