コンテナガレージ

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「死因は、窒息死だ」種田は言った。
「ん?どした急に」隣の相田が煙を吐く、そして訊いた。前の二人には聞こえないほど小音だった。
「いえ、なんでもありません」
 端末に熊田が出た。窓が閉まる、種田も気を利かせて風を遮断した。
 短いやり取りが交わされてる、熊田は主に相槌を返す、命令や指示を受け入れる、合図に特化した返事。
「……分かりました、では失礼します」
「誰ですぅ?」図々しく訊ける、これが鈴木の特質。
「警視庁からじきじきの指令だ。我々に捜査権が譲渡された。聞こえはいいが、丸無げだな」
 再び、助手席の窓が開く。
 風が舞い込んだ。
 種田はきいた。「行き先は変更ですね?」
「ああ、ラジオ局に向かってくれ、T-GATEFMだ」
「車、借りておいて正解でしたね、ね」
「いいから、ナビに目的地を入れろ」
「誰か僕の功績を称えてくださいよう、ぶう」
 橋を渡った。欄干が視界をさぎる。その向うに海が広がる、湛える水に一隻の船。釣り人の姿、人数を上回る竿。鳥が浮遊、風を捕らえる。髪が少し伸びたか、額にかかる前髪が気になった。戻ったら切ろう。種田は警察の職に就く前は自分で髪を切る習慣であった。合格は合格であるが髪型の指定が合格の証明書に添付された個人資料に明記されていた、彼女が不ぞろいな前髪を個性として捉えてるように面接官は感じたのだ。不用意な印象は今後マイナスになる、そうして種田は美容室に通う。薄めた記憶に仕立て上げた数十年前の美容室と顔を合わせた。自分で切る前は彼女の祖母がその前に美容室で切っていた、どちらも前髪とそろえる髪を。昔は、髪を伸ばしていた。今とは正反対。簡単で良い、言われるがままの立場では私の反論を抑えることが何事をも早く目の前を行き過ぎる、学んだ経験則。ならば、毎日の億劫なシャンプーも髪の乾燥だって私の意志で取り組んでいるのだ、と主体を長い髪の私に変えられた。
 あの歌手は歌っていた。自らの意思で。
 その点、観客は見されられていた、歌手の意のままに。
 相田のくしゃみを契機に窓を閉めた。ほんのり取り払われた顔の熱がぶり返して、血液の存在をかみ締めた。
 失って得るものがある、種田は変更した目的地を頭の地図に浮かべた。
 ナビが右折を伝えていた。