コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

4 ~小説は大人の読み物~

~小説は大人の読み物~

「それは交換のために果たす交換。つまり、もう一つ前に受け入れた条件を飲み、あなたが実行をした。あなたの要求は?」熊田を差し置いて種田が尋ねた。
「空港の警察とはえらい違い。飲み込みが早いっていうのも考え物。凄みは恐怖ね」
「刑事を離れた生活で人に良く思われたい、そういった願望とは縁がありませんので」、と種田。
「刑事さんって想像以上に身を削ってる。給料もっと貰ってもよさそうなのにねえ、きみだって自由な時間が欲しいって思わない?」
 訊かれた。種田は答えようか、迷った。まあ、呼び水になれば、彼女は早口でしゃべり倒した。
「……経済生活が地盤のこの社会においては二種類、経営者と労働者に分かれ、前者には生産性を高め利潤を生むシステムの構築と、前年度の余剰価値を上回る馬車馬のように働かせる労働者からの搾取を必須の命題とする。両者とも私の望む生活とはいえない、では朽ち果てるまで路上で山奥で海岸で死を待つのか、というと首を振る。考えた、行き着く答えは、どちらともに属さない表向きの中立の立場、犬と呼ばれ、揶揄は日常的に浴びる、それこそ獰猛果敢といわれる社会の番犬の名を私は選んだ。利潤を生む機構から脱出を図った。結果は、このような成れの果て。あなたと同様、時間労働からの解放にこぎつけた、欲しいものは生活費と余暇の足しにする資産程度に収まる。これは忠告ですが、あなたのような方の蓄えた資産はその使用を義務付けるべきです、貨幣の供給によって物価の下落、そうして引き締めから上昇に転じ、安定を取り戻しては箪笥、主に銀行に預貯金が溜まる。結局潤う層のみが恩恵を受ける」
「頭脳明晰だってことは分かった。それと、きみのことが嫌いってこともね」
「尋ねたのはそちらです」
「喧嘩売んのか?」下丹田に力を込めた音声である。
「種田っ」動物を叱るような嗜めを鈴木から受けた。
 しゃべるな、おとなしいななんと言いなさい。怒らないから、いいから話してごらん。
 かつて受けた教育が耳元で囁く。無論、非現実の中で、である。
 一方的に身勝手な世界に体を残し脱ぎ捨てた。黙って指摘の通り、飽きられることを覚悟、状況を俯瞰して眺めた。
 熊田が言った。とてもありがたい。
「山本さん。あなたは誰に交換条件を、具体的にどういった内容を指示したのです?」
 山本西條の顎に梅干状の皺がよる。彼女は口周りのエクササイズに取り組み出した。決めかねてる。沈黙を許してもらえるとでも思っているのだろうか、そのぐらい長かった。
「……君村ありさって名前、聞いたことがあります?」流行の文言を教える口ぶり。セミナーの講師、普段の口調と温度差を当人自身が意識していないところがそっくり。まあ、年齢に即した言葉遣いとしては妥当かもしれない。「昔って言っても十年ぐらい前かな、海外首相のお歴々の面前で歌を披露して一躍有名人になった」
「キミアリだぁ!」興奮した鈴木が立ち上がってこぶしを固めた。
「うるさいよ、お前、座れっての病室だぞ」時折見せる礼節を重んじる相田の行動は生まれ育った環境が背後に読み取れる。折檻や礼儀が体へ叩き込まれたのだろう、とアイラは推測を深めた。
「そのキミアリが先月、歌手活動を再開したことは多分知らないでしょうね」
「キミアリがぁあ!?がはっつ……んんんっつ」身を乗り出す相田によって鈴木の口が封じられた、これで多少聴取のスムーズな進行が期待できる、とは言い切れないか。単純にそれほどの障害では元々ないのだ。
 肩を開いた熊田に一瞥されて相田までそのあおりを食らう。二人は見据えられた瞬間軽く跳ねた。熊田は山本西條に向き直る。
「その方も搭乗していた、と言われるのではありませんよね?」
「偶然って怖い。ぼくは電車に乗って空港に行った。時間に正確ですからね、バレなければタクシーにこだわる必要もなし。ライブを観戦した後は眠るだけだから、それに、車だと眠っちゃう性質なの。まあ、知らないとは思うけど」言葉を切った彼女の顔はずいぶんと老けて見えた。「搭乗の事実を彼女だけの中に留めてくれるよう、ぼくは頼んだの。出発口のベンチ、言い訳はできないと思った。嘘をつくのは下手だし、すぐにばれる。もう表示板の搭乗機は二つだけだった。そんで、僕の要求を呑む代わりにあの人が交換条件を突きつけた」
「あなたから口約束を申し出た。君村ありささんの働きかけではなかったと?」
「そうなるわね、いけない?」
「君村ありさ、という人物はあなたが出会うmiyakoさんの搭乗を事前に把握していたことになりますが」
「ミュージシャン同士、情報を交換しててもおかしくはない、警視庁の刑事とぼくよりもその可能性は高いわ」
「反論はしません」、と素直に熊田。
「刑事さんって意外とキュートね」
「右腕はどうされたのですか?」種田が割って入った。事件に無関係だ、断固許すつもりはひと欠片の余裕も私たちは持ち合わせていないのだ。勘違いをするなよ、彼女は山本西條の誤った解釈、立場に洗礼を浴びせた。取調べに個人的行為など存在しないのだ、するものか、あってたまるものか。憤りは眉に込めてやった。