コンテナガレージ

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二回目公演終了後 ハイグレードエコノミーフロア 飛行機・機内・死亡

 演奏終了を聞きつけるコックピット離れた機長を交え、協議の場がもたれた。
 結論は「航行継続」に話がまとまった。アメリカに到着後、司法解剖と乗客の聴取は当局に一任する。一部、アメリカと日本の警察機構の違いついて不安の声があがった。とはいえ、日本に引き返すほどの明瞭な死因を、死体はアイラ・クズミたちにひた隠す。医学的知識に欠けた者たちの観察眼に、死因の特定は困難だったのだ。
 遺体の腐敗を避けるため一定温度に保たれる貨物室が適当な保管場所に指定された。入念に死体を映す写真データの確認を取って、折りたたむ毛布に遺体をもう一度、包みなおすと、配膳部分を取り外す台車を機体の後部まで運んだ。乗客には疑われなかった。キクラが脚立を回収する役目を負って、見事にお客は彼を質問攻めにした。その間、客室乗務員の田丸ゆかと卒倒した大谷奈緒は生きてはいない人間と触れ合う不快さと恐怖心を押し殺してそれでも果敢に業務を全うした。
 彼女たち客室乗務員が戻ると、忙しなくギャレーに下がった。
 機体中央のハイグレードエコノミーフロアでは機内食が振舞われる、ちなみにビジネスとエコノミーの乗客たちのは離陸直後に食事を済ませていた、アイラたちだけが遅れた現地時刻の夕方三時過ぎの遅い昼食を摂る。そう、食事は現地時間に合わせ、体内時計の働きを調節するのだそうだ。アイラは客室乗務員田丸ゆかの回答で疑問を解消した。
「アイラ様と知り合いだから言伝をしてくれないか、と頼まれまして、いかがいたしましょう」小柄な田丸ゆかが配膳トレーを運んで、アイラに指示を仰いだ。話しかけたのがこちらの落ち度。
「どのような方でしょうか?」
「男の方です、二十代か三十代くらいでした」
「プレゼントは受け取っていませんね?」アイラの前の席に移動したキクラが念を押した確認を取る。
「はい。何度かエコノミー担当乗務員はお願いをされたようですけど、すべてお断りしています」
「伝言の内容は?」早食い。アイラはもくもくと食事を摂る。食べるというよりも栄養補給に近い。激しくエネルギーが失われた直後である、とはいえ食べ過ぎは禁物、満腹の七割に食事量を抑える。彼女にとっては苦痛どころか、むしろうれしい制限だ。食べることが苦手、食べないでいられるなら、栄養補助食品のみでこの先の一生を暮らしてもいい。
「"私のことを知ってるか"」、田丸ゆかは声色を真似た。
「熱狂的なファンですよ」キクラが言う。彼はトレー右端のプリンに手をつける、通路に飛び出る彼の上半身が見えた。「他の歌手と違ってアイラさんのライブはお客との距離が近いんです。この前のツアーはライブハウスやコンサートホールといった音楽専用の会場と打って変わり、現在は未使用・廃業した工場跡や特別に使用を認められた文化財級の教会などで歌いました。勘違いを起こす人の気持ちも、まあわからなくはないのですよ」異空間と至近距離が錯綜を生むか、芸術作品のほとんどがそのような機能を備えている。「視認」が目的。個人の遊びならば、発表の場は「自室」の域を飛び出してはならない。しかも完成後には「破壊」をするべきだろう。ほかに見られてしまわれては「困る」のだから。
 キクラの言い分にどこか余裕を持った印象を覚えた。
 アイラは田丸ゆかにお客の座席位置をきいた。
「これまでライブに訪れた顔とは、不一致ですね」
「げっ?一人一人の顔を覚えてるんですかぁ?」若者特有のざっくばらんな口調が放たれた、幼少期に身につけた口調でなければ、後天的(実際に幼少期も後天的ではあるが)な矯正は気の緩みや感情の高まりによって簡単に箍が外れてしまう。所作振る舞いに気を使う人物、つまり幼少期に教育を受けた者はいくら感情的になろうとも低俗な言葉を選ばない、選ばせてくれないのだ。咄嗟に出てしまう言葉、それ自体が礼儀を見つけた人物たちにとって標準の、世間で評される「整った言語」なのだ。
「それ以上は訊かないでください」機敏なキクラが掘り下げてはくれるな、止めてと願い出る。「機嫌を損ねて口を利いてくれなくなります」
「聞こえてます」
「あれれーれー。これは五目御飯じゃないですかぁ、僕の大好物を知ってか知らずか、ふんふふん」
 キクラは尻尾を巻いて逃げた。懸命な判断、それに加えて田丸ゆかは、顔を覚える記憶のノウハウでも聞き出したいのか、その場に居座る。通路を挟んだ中央列の席ではスタイリストのアキが配膳を待つ、というのに。もう一人の客室乗務員大谷奈緒はギャレーに引き篭もったままらしい、気分が優れない、台車を押して戻ったとき彼女は田丸に断りを入れていた。