コンテナガレージ

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消灯後一時間 ハイグレードエコノミーフロア 

誰かが隣に座れる。
 アイラ・クズミは窓際を選び、毛布に包まり頭にはパーカーのフードをかぶる。変装とは無縁の彼女だ、普段の生活でもマスクや帽子は身につけずに日常生活を送る。知名度の高さに比して反比例の下降線を描くメディアへの登場回数を、彼女は誇る。アイマスクを、呼びつけて客室乗務員に用意させるのは酷に感じた、よって視界を遮るアイテムにフードを利用したのである。
 肩を叩かれた、
 否つつかれた、というべきだろうか。アイラは細目を開けて隣席にてらてらと蔓延る気配を探った。薄暗い照度でも数十センチならば、顔の視認は可能だった。山本西條の日に焼けた肌はよりいっそう深い影を携えていた、規約を破ったお客はこれで二人目、何か特別な用事なんだろう、アイラは座りなおした。
「……何、か?」喉が詰まる、若干声が掠れ気味だ。やはり機内は乾燥してる。喉を押さえてアイラは尋ねた。当然、相手が口火を切ってまくしたてると思っていたのに、一向に口を開かない、かたくなに拒んでしかし、意思は伝えたい。決めかねている、そんな内情と背景が感じ取れ読み取れた。
 起きた直後のクリアな頭に余計な個人的雑事は似つかわしくない、不釣合いだ。可能なら、早々に立ち去ってくれた。アイラは重々しいしゃべりだしに耳を傾けた。
「ぼくから聞いたことは内緒にして欲しい。あつかましいってことぐらい、わかってる。後先考えてる余裕、なかったのさ。思い立ったら席を予約してた。変装とか事務所にばれたらとかいろいろフライトが迫って今日が近づいて、考えたけど、行ってしまえってね。深く考えて行動するタイプに見えないだろ?だからこそのぼくの今の立場……」山本西條は不思議そうに昆虫を見つめる猫のように首を傾けた。「聞いてる?」
「本題はまだですね」
「独り立ちを考える、事務所を立ち上げるつもり。具体的になにか、どうこうっていうのはまだ何も手をつけてない、あらゆることがこれから」
 アイラは話の先を求めた。
「このままじゃ足りない、いけない、と感じた。強烈な、しびれる手ごたえが欲しい。なんていうのかな、うまく説明できたら、あれなんだけど……、死ぬまで続けていきたいわけよ、歌を、そのためにはぼくのロックっていうジャンルではさ、若いきみぐらいの世代の関心を引けてることが求められるんじゃないのか、と、ね」