コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上 6

高層ビルの入り口前に備え付けるであろう頑丈に地面とボルトで繋がるベンチを落ち合う場所に指定した。アイラ・クズミは一人公共交通機関を乗り継いだいつもの移動手段でもってタクシー移動のカワニと合流する、彼は三分ほど彼女が腰を据えて片手を振って息を切らせた。
 クライアントの呼び出しに応じてカワニとほぼ相手の自社ビルと言える階数・フロア数の所有、昨年完成した四十数階の建物のどこかの一室に座るや否や、耳を疑う要求を突きつけられた。これはにカワニの意見がもっともだ。変更の申し出期間はとっくに過ぎている。締め切りが二週間後とはいえ、最終打ち合わせの場は方針のフレキシブルな変更を許す、という意義と解釈ではまったくない、度を越えた言いがかりである。それならば初顔合わせの大まかな段取りの段階で今回の変更プランは用意されるべきである。内容を具体的にいうと、新曲の発表媒体はCDを止め、データ配信のみに切り替える。無謀な、まさにこちらが泡を食った気分を、アイラたちは数分前に味わっていた。
 室内は禁煙。多大な損害を被りかねない口約束の変更をやってのけるクライアント側。しかし、だからといって喫煙が許されるわけではない。そこはアイラだ、この場を離れる権利をこちらは獲得した、そちらの変更によって、という意思表示を態度に染み込ませた。タバコは口にくわえる、灰皿は持参の携帯灰皿、平たい円盤型をテーブルに取り出して、すぐにしまう。ライターもしまう。タバコにだけ手渡された書類の横に居場所を与えた。
 出荷準備に製造工場へ予定枚数やら出荷の日程等の詰めの段階にカワニは入っている、と語気を強めて食って掛かる。比較的温厚な彼にしては稀に見る怒声だ、一般的な怒りの頂点の半分以下ではある、声が高いのだ、真剣さが凪いでしまう。
 薬師丸、クライアント側の主張は控えめながら強気に権利を突き通す、大企業、そのあたりのやり口は多少なりとも強かさ、といえる範囲だ、と彼ら自身は常識に捉えるのだろう。
 薬師丸の説明にカワニが反論しつつ、一通りの主張を聞き終えた。
 ここで攻守が交代。
 カワニが受け入れがたい変更点の再度の反対を言い尽す、多少の妥協点を提示した。
 虎穴に入った薬師丸はどうにか虎子である私を振り向かせ、詰まった虎のカワニから後ずさり、出入り口に引き返す。
 一触即発は、気配の探りあいに、一時停止と錯覚しかねない贅沢な時間が過ぎ、湿ったフィルターは与えられた仕事を二の次に、力なくその役割を弱弱しく生涯を全うした。
 沈黙を破ったのはアイラであった。