コンテナガレージ

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追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上 9

ノックを拒むドアを熊田はこともなげにそれこそ自動で開く店舗のドアとまるで瓜二つの扱いをやってのける、三階Bスタジオ。
 室内は君村ありさが一人でソファに腰をかけていた。体面の側に二人は座る、ちょうど入ってきたドアが見える。
「アイラ・クズミさんの搭乗機を選んだ、あえてそうしたのか、それともあなた自らの意思で搭乗を決めたのか。乗客が言う、あなたの発言の真意をお聞かせください」熊田は紳士的に尋ねた。前回は、「死体」について発言に駆られた心理まで深く掘り下げることはしなかった。彼女が取り乱したからである。
「誰でもやってること。音楽家の間では他人の演奏を鑑賞するのだって日常的に行われてる、楽屋の挨拶だって出演者だけの場合はまあ、少ない方でしょうね」ひっきりなしに本番前を訪れる風景が種田の想像を支配するも、すぐに掻き消える、目の前の人物は少なからず本心を避けて言葉を紡ぐ。鈍い瞼の動きとたまに訪れるすばやい開閉は、心象風景の乱れを対外に伝えるサイン。種田たちと君村ありさに適度な距離を作る真四角く黒いテーブルには栄養補助飲料が置かれる。差し入れらしい、二つのケースが並ぶ。
「死体はいつその情報を耳したのでしょうか」
「そんなこと私言いましたっけ?」君村はとぼける。話を長引かせる魂胆は見え見えである、決まった時刻に作業が再会するのだろう。どっとこのスタジオ内に仕事仲間が押し寄せる、私たちの滞在を間接的に退席へと追いやる、なかなかにしたたか、種田は気を引き締めた。
「大勢の乗客が証言しています。アイラ・クズミさんも含めてです」
「そうですか。言わなければいけない?絶対に?」
「死体が出現した機内で、事前に死体を言葉を口にしたあなたを容疑からはずす訳にはいきませんね。まったくのでたらめ、その場の思いつきとも思えません」熊田は付け加える。「それと泣きはらしても、我々は席を立ちませんのでそのあたりはご了承ください」
 退路を立たれた君村は、据えた瞳でこちらを見返す。
「うらやましくって搭乗を決めた、二人と一緒にされては困るわ」二人とはmiyakoと山本西條を指すのだろう。「これでも過程をもってる身分なんでそうやすやすと海外渡航に踏み切れると思います?」
「現に一週間滞在された」
「ええ、仕事ですからね。その辺は抜かりないのよ。二人とも夫の両親に預けていたわ、連れ出したいのよ、ちょうど春休みだったから。なんいうのかしら、世話を焼きたいのよ、子犬を飼うのと一緒、自分より下のものを従えて、命令を下してえらい気になっているんだから。まあ、あれで当人たちは気分がいいんだし、嫌味なんて誰が聞きたいって思います?」
「なぜマイナスに働く問いかけを乗客の前で言ってのける心理が働いたのか、私にはどうも理解に苦しみます」
「ええっ、なぜって、刑事さん。わかりません?存在が邪魔なんですよ、見ていて吐き気がする。自分が売れてることを気にかけないあの態度がさらに苛立たせる」
「だから、困らせた」
「そう」
「しかし、あなたの活動に影響が及ぶとは考えませんでしたかね。再出発を図ったばかり、と聞きます」
「何でも調べてる。そうね、そう捉えても不思議はないのでしょう。けど、誰しもがあなたたちみたいに善と悪みたいな両極の世界で生きていられない。いや、むしろ私のほうが正しい。だって、ずるいじゃないの」君村は微笑をこぼす。「一人であれだけセールスを勝ち取って。しかもまた別の領域を侵そうとしてる。誰かがね、均衡の二文字を身をもって教えるべきなのさ」
「つまり、死体は偶然口をついて、たまたま現実にも死体が姿を見せた」
「いい気味。人生ってものが一筋縄で一人勝ちが続くと思わせちゃいけない。私が鉄槌を下すまでもなかったってことよね。乗客の何人かは早々にファンを続けるかを悩んで、そうね今頃は裏切られたってせっせと集めやグッズやらCDやらを処分してるのよ」
 卑屈に笑う、狡猾な瞳、君村の幾分皺が際立った。