コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 1

山と積む段ボール、届き始めた原稿の第一陣、その認証を待つ一通一通がこれでもかと分厚い封筒のチェックにカワニは追われ事務所に篭りっきり、スタジオはいつになく平穏無事で単純な毎日が始まり終わる、一階ロビーの警察との予期せぬ面会から二週間を経た。クライアントが頑なに変更を言い張る新曲の発表媒体は、データ音源への切り替えをしぶしぶ飲んだ。その代わり配信に関する諸費用の受け持ちと永年の保障契約を結ばせた、曲を取り込む機器の変遷から曲を漏らさない工夫である。それと当初に揉めた映像製作側の不満は消滅したらしく、音沙汰はなし。完成品の映像は修正を願い出た作品とまるで異なるテイストに変更が振られていた、製作依頼先の切り替えが行われたのかも、深入りと詮索と手を切るアイラ・クズミは、瑣末とそれらを置き去りに、早速次の作曲に取り掛かっていた。暖気が数週吹き続き、昨日は雪が降った。季節外れに驚いてる世間は頼もしく鈍感だった。
 スタジオのソファに腰掛けた一人の男性が目に入った。鍵はかけていない、年間を通じてこのスタジオを借りるアイラは鍵をかけずにほとんど出入りを自由に、開放が常。見知らぬ人物もたまにではあるが、このように姿を現す。
「おはようございます。アイラさんでいらっしゃいますね?」不思議とかしこまった言い方が様になる、この年代では珍しいのではないのか、アイラはギターを背負った体を前に傾けた、まだ警戒心の解除には早い。
「はい」
「私、こういうものです」男性は名刺を手渡す、近距離で対すると大柄という印象は薄れる。細身の体型が縦長を強調したらしい。名刺には探偵十和田、と書かれていた。「どなたもいらっしゃないので、中で待たせていただいてました。スタジオは一階のボードを参考に、決して怪しいものではないんですよ」
 彼の脇をすり抜け、作業スペースに取り出したギターを置く。十和田なる人物はその場に立ち止まる、室内で滞在の許可を仰ぐ姿勢、礼節を重んじるタイプらしい、もしくは利害関係に私を取り入れる算段を組むのかも、とにかく最寄り駅から私をつけて、先回りをして、あたかも長時間待ち続けた、という演出ではないようだ。頬がほんのり赤みを指していた、つい数分前屋外いた証を大胆に見てくれと言わんばかりの主張に思える。ドアに引き戻りつつのアイラの考察である。
 コーヒーをセットした。十和田はやはり反応を窺う。抽出が完了する時間内で用件が済むのなら、アイラは彼の訪問を受け入れる代償に時間を彼から奪い取った。彼女は記憶を忘れられる、正確には鍵をかけ仕舞い込める便利な能力を持つ。仕事の依頼は事務所の連絡先を教えて対処、私個人の関わりはコーヒーを口に含んだ途端に記憶を抹消してやれる。