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JFK国際空港内 控え室 ~ミステリー小説~

「安全性の見当は十分に協議と検証を行ったうえで、本搭乗に踏み切ったのか?」ぶっきらぼうな言い方は通訳の標準的な日本語習得レベルの低さに由来する。風貌からして、思慮が足りる、聡明な人物とは言い難いが、決め付けるには材料が不足してる。よって、判断は見送った。
「その義務は航空会社が負う。私の責任は可能の決議を受けた時点で解放、彼らが一手に背負う。当然ながら無許可で演奏することは非常に困難を極める」
「空港側が申請を受理したとは考えにくいんだよ、わかるか、お前たちは乗客を危険にさらしたんだぞ?」
「演奏に使用した楽器は電子機器等は一切持ち込まずにアコースティックギターを採用した。固有振動数がたとえば機体に与える影響があったにしても、ギターの音域八十~八百Hz、歌声の百七十~二kHzに収まる周波数です。機体を構成する素材、金属などの共振以前に話し声は客室の床材や内壁が吸収してしまう。破壊をもたらす機体の損傷やそのきっかけの懸念は思い過ごしです」
 けたたましい。電話が鳴る、クリーム色の天板は使い込まれた証に多数の擦り傷を負う。
 聴取の相手が入れ替わった。通訳はそのまま、イントネーションも外国訛りが続く。
「重複する箇所があるかもしれませんが、ご了承願います。何せよ、私もまだすべて事態を把握してるとは正直言いがたい。あなたは、搭乗から発見までを機内の同フロアで過ごした」人柄に合わせるらしい、語彙が些細に変容した。スーツを着た男性は持参した書類を指差す、分厚い爪、節くれだった指。「演奏の前後にこっそり顔を出す行動に移せなかった、お客の期待を削いでしまうから」
 アイラ・クズミは顎を軽く引いた。やっと事情が飲み込めそうな人物がやって来たらしい、と彼女は解放後の過密スケジュールの調整にようやく頭を悩ませそうだと、意識を振った。どうあがいても移動手段の変更が身に迫るし逃れられない、カワニは対策を練っているだろうか。
 話の展開にアイラは軽く首をかしげ耳を傾ける。
「こちらで仕事だそうですが、渡航スケジュールはかなり前に予定が組まれていたのではありませんか?というもの、あなた方がキャンセルした乗るはずであった便は整備不良のため日本を出国できていない。ようするに、陰謀、仕組まれた可能性があるのですよ、こちらの調べでは」搭乗機に演奏をいずれは退路を断ち、機内に誘い込む作戦だった、その前に私たちが突拍子もないと言われた機内での演奏に自ら踏み切ったのか。
「死体の謎については?」
「頭を悩ませてる、というのが現状です」捜査官は背にもたれた。「死因は内臓の機能不全が現時点での見解です、詳しい検死結果はもうしばらくかかるでしょう。無傷の体、気絶させて運び上げたのではないのかもしれない。発見に繋がるあなたの行動は偶然だと思いますかね?」
「ギターの弦に触れる機会はあったでしょう。スタジオ内に出入り可能だった人物はかなり多い。顔の知らない方がほとんど」
「客室乗務員とあなたの事務所の方々も同様のチャンスがありましたね」
「搭乗から発見までに限定すると、接触の機会はほぼ皆無でしょう。なぜなら、私はギターを担いで搭乗した。トイレに立ってはいない。衣装に着替える隙が唯一目を離した時間、ええ存在するにはします。しかし、一分もなかったでしょう。男性の目はマネージャー一人、彼には席を外れてもらっていた、フロア内で私は着替えを済ませたのです」
「エコノミークラスに明らかに怪しい乗客はいました?」
ビジネスクラスをなぜ除外するのでしょうか。それは特定の人物が念頭にある、ということです」
「若者で、背の高い男性に心当たりがあると、私どもは踏んでいましてね」