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犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 4~無料で読めるミステリー小説~

写真はすぐさまリュックにしまわれた、チャックも閉まる。
「死体の人物の身元は依然として明らかになってはいない。一方あなたは知っている、表情は嘘をつかない」
「参ったな。結構貴重な情報だと思うんです。そうやすやすと……」種田はすごんだ。男女の仲を誘発する距離。じっと睨みつける、目玉をくりぬく用意はできている、瞳で語った。
 面相がいくつか変遷を遂げた。どれもしくっりとこない。当たり前だ、種田は思う。私は不適格を告げるのだから。
 決意が表情に湧き出す。種田は身を引く、凹凸の草むらに体重を預けて偏りを正す。ステージ付近が騒がしい、音にまみれた耳のおかしな連中が溺れる。なぜ楽器を手に自ら弾かないのだろうか、溺れる、これがよりどころ。
 どん、どん、重力の波が空気を震わせて、届いた。フリーライブの開演である。集合時間はとっくに過ぎていた、どうにか落ち合う手段を考えないと、種田は水平線の船でも眺めるように、模写をするときの遠い目で小さなステージに見入った。彼の存在は死角に捉える。不思議と側頭部や肩口の辺りに目があるように彼女は自らを評する。彼は言う。
「あの機内では、演奏を止めた君村さんはアイラ・クズミさんのマネジャーを、『カワニ』と呼び、知り合いのようでした。ご存知かと思います、君村さんは以前アイラ・クズミさんの所属レーベル兼事務所プリテンスに籍を置く歌手でした。プリテンスは抱える歌手の演奏の技術向上にレコーディングスタジオと年間契約を結ぶ。現在アイラ・クズミさんは個人でスタジオ契約を結び、これまでの一室をもう一名の歌手が使用し、スタジオの二室をプリテンスの所属歌手が占める。このスタジオビルはあなたも体験済みだとは思います、多くの歌手、それからミュージシャンの出入りが絶えない。年中稼動している、といってもいいでしょうか。そこで、miyakoさんと写真に写る人物を音楽関係者と想定し情報を集めてみました。気になります?」
「君村ありささんの演奏が終わる前に控え室で待ち受けるあなたには時間が限られる。さきをどうぞ」
「山本西條、君村ありさ、の二人も死体となって現れた人物とのツーショットが取られました。どうです、驚きでしょう?」世間の関心をもっとも引く人物がmiyako、他の二人では話題性の引きが弱い。
「三名共に嘘の証言をついた。私たちは死体の顔写真を彼女たちに確認させた、否定は死体との生前の関係を隠したかった」
 禁止事項を警察が破る、規制に例外はつきもの。種田は熊田を呼び出した。
「どちらです?」
「控え室だ。短時間で済ませろ、既にスタッフに睨まれてる」
「miyako、山本西條、君村ありさは死体との関係を隠してました。証拠の写真も現在、手元にあります」
「鑑識に回す。本人確認が取れ次第、三人に再度事情をきく。鈴木たちにも伝えろ、控え室脇が集合場所だ」
 いつも通話を一方的に切る、種田は用が済んだ画面をしばらく見入った。
「おかしいですねぇ。この写真は刑事さんが押収した証拠品ということにいつからなったのか」十和田があきれる。だが、腹は括る様子だ、抵抗するならリュックを抱える時間は残されていた。逃走もありうる。もっと言えば、コピーの用意を怠ったのでもない。浅はかな人間を演じる、彼の事務所を訪れた時に感じ取れた不協和である。
「たった今です」畳んだ椅子の代わりに写真を要求する。
 事件から約三週間の時の流れは巷が飛びつく期限をとっくに杉ってしまっている。
 加えて週刊誌も掲載の価値を見出さなかった。アイラ・クズミが制約を課した出版物との兼ね合いだろう。それにしてもアイラ・クズミはどこまで強かであるのか、種田にはわかりかねた。いいや、身に染みる、重なる、自らの領地をせっせと耕す者はその領域では自由でいられることを望む。違いを見出しにくいほどの似通った姿にまるで自分を見つめている、錯覚を引き起こしたのだ。
 音が鳴る。夏を思い出した、一晩だけ騒音が許される盆の晩である。
 犯人が絞られる段階に達したけれど、どうにも彼女は納得しかねる。熊田は確証を得るまでだんまりを決め込むだろうし、私個人で犯人にたどり着かなくては、ましてあの歌手に頼ることはまっぴらごめんだった。それならば、無理を承知で熊田の推理を聞き出す。あれほど回っていた頭がすぐに回転をやめた、しょんぼり力なく回転数が落ちる。体が傾く、がくっと堪えた見たいに片ひざが笑った。
 高カロリーほど長時間の稼動は不向きなのか、検証してみる価値はある。
 片手を広げる軽薄な男を見切り、種田は草むらを駆けた。