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犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 5~無料で読めるミステリー小説~

 駅。端末は最短のルートを教える。複雑に入り組む都内を衛星の頼りなしでは歩くことがままならない、失われる機能はいずれ感覚器官の変質につながり、その他の機能で補う進化の道をとるか、はたまた退化を選ぶのか、アイラ・クズミはビルと住宅地が押し合いへし合う、坂道を上る。
 ホテル・ニュー広野のロビーを足早に通り抜ける、宿泊客と間違えられてボーイが駆け寄る親切をあらかじめ取り払う。会場の新館二階へ足を向ける。二階ではなくて三階分の階段を上がった、高低さを利用した新館と休館の造りであるようだ、いたるところに案内板が下がる、足元にも。受け継がれた館内の様式美を損う、その覚悟を決めかねている。
 いっそ取り壊してしまえ。
 あてがわれた憂鬱を襷がけに彼女は召集のかかる祝賀会に参加をした。
 これは彼女が作詞作曲を手がけた先日のCM曲が下半期広告大賞なるセレクションを勝ち抜いた祝いの席である。これほど関わる人間がいたとは到底思えない、参加の辞退を申し出ていたアイラではあったが、一言だけ、とカワニに頭を下げて、地面にまで擦り付けてお願いをされた。押し付けておくばかりで当人は不在、囁かれるたわいもなく塩辛い会話がさわさわと壁を背にした彼女の背後にまでうごめく。彼らはグラスを手にせっせと塩分を薄めていた。
 スピーチの時間を知る、発言の場に合わせ会場に戻ろう。アイラは会場内に目を光らせる人物、蝶ネクタイの人物に尋ねた。一瞬ひるんだものの回復は相当に早い、私心を忘れられる仕事人であった。段取りを訊く、できればスケジュールの大まかな流れを教えて欲しい、と頼んだのだ。ホテルマンは快くタイムスケジュールの用紙を見せた、また予定通りに進むかは、取締役の到着時間しだい、とも付け加える。私の紹介を車会社の長が担うらしい、壇上で手を握る行為は可能な限り拒否をしたい。
 午後六時半頃戻るとしよう、アイラは廊下を通り喫煙所を目指した。堅苦しい服は肌が拒否を示す。ジャケット、シャツ、パンツ、靴。一式を黒で統一した、スタイリストのアキの提案である。素材自体は軽いが、この服を入場許可証に採用する意思はやはり権威をみせびらかす対極の存在、市民との区別が好きなのだろう。特別な一日のために気を張りたい人物ばかり、誤認をそろそろ見返してはどうだろうか。まあ、私がその場を離れてしまえば、困惑とは縁を切れる。
 喫煙室は込み合っていた。二人減って入ると決める、今すぐに喉から手が出るほど、という症状は持ち合わせていない彼女だ、吸う機会、取り込む確証が得られて発動、切り替わる気分のスイッチに据える。
 椅子にこうして座る、これでも十分代用に値するだろう、彼らの声と姿見られないそれだけでかなり気分はクリアに良好な一日の天候を見出せる希望のような観測と心境を得られる。
 目線の高さにシャンデリアがうごめく、光の反射がぬらぬら。
 長いすの背後が階下のロビーを見下ろせるアクリルガラスの壁、照明は坂道に立つ住宅、その二階窓から電信柱のトランジスタを眺める光景を思い出す。ひどく大きくてまじまじと見入ってしまいそうなほど、新鮮。
 大柄な外国人が席を二つ空けた隣で談笑を始めた。
「彼と手を組むメリットが知りたいね。世界を生き抜く体力が残されてると思うかね、早めに見切りをつけることをお勧めするよ、君のことを思ってだよ。とはいえ……、君はがっぷりよつで資本提携を結んだ。まったく考えが読めない」
「狙いは技術力。信頼性を取るなら我々諸外国よりも彼らの力は群を抜いて上だ。まず、故障をしないし少ない。そこへブランド価値が盛り込まれる、途上国と先進国の双方に顔が効くはずだよ。それに彼はこの国で主流の大型車はほとんど製造せず、コンパクトさを謳う。スポーツカーの真髄がまだ生き残るのさ」
「しかし、世界に打って出るとは思いもよらない。青空に雷が落ちたようなものさ。どちらかというと、職人気質で商売は不得意なイメージだ。もう一度友人として忠告するぞ、失敗のにおいがぷんぷん立ち込めてる」
「背後をよく見てみな」
「黒幕がいるっていうのか?」
「物事にはそれなりの理由がある。一見互いの利に適う提携だ、ただお前のように斜に構えた一段階上の見方は当然予期されていた。ならば、それに見合う理由を構築、作り出せば好奇心はそっちを追ってくれる。本筋を隠してな」
「提携を越えて国を代表する企業の利益、しかも互いに潤う。上手すぎないか?」
「両者とは言っていない。主導権はどちらか一方だろう」
「おいおい。互いの心臓をつかんでる状態で、まだ攻撃と防御を兼ね備えた手段があるのかよ。想像もつかん」
「俺だって話を聞くまでは、資本提携が目的だと思い込んでいた」
「起因は何だ?」
「国」
「クニ?」