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帰国便 機内 瑣末な出来事と現象~無料で読める投稿小説~

 山本西條の手紙は水色の罫線が目に鮮やか、間隔は狭く自由の女神がうっすら印字される。全体の色調は罫線より薄い水色。
「"拝啓"は柄じゃないんで割愛する(使い方がいまいち分からんが本音)。筆を取ったのはこれがはじめてでね、読みにくさはどうにかこうにか克服してくれ、書いてる内容は単純だから。
 機内で死体が見つかったことを口外しようか迷ってる。アイラのファンみたいな心理をぼくに求めることがいけないんだけど、あんたは逆に言っちゃえってタイプだったのか、今思い出したよ。こうなると交渉は成り立たないんだな。どうにか拒んでくれるとありたいのに、それってぼくのわがままだな、歳に免じてとは言ってやるものか。なんでってぼくが嫌っていたやつらの台詞なのさ、うっかり口をついて同属呼ばわりはごめん被る、まったく、手紙を書くのは一苦労、ひやひやもんだぜ。つまるところ(時々おかしな言葉が出てくるが気にするな)、機内で殺されただろうね、ぼくらは君の演奏を待たされて身動きが取れずにいたんだ。それにさ、あんたが演奏に遅れたそのときが死体の発見だったっていうのは観客は誰だって想像がついてしまうよ、ほかに思いつく理由でも用意しとけば良かったのに。もうこれでおしまいにする、あとは黙っておいてあげんよ、あんたのために。その代わりといってはなんだが、取引に応じてくれるかどうかってことをまず、確かめんといかんわけだよ。ファンにアメリカの演奏を一言も言ってなかった、あれってどういう意味だ?また音楽業界特有のビジネスモデルかなんかかしらって、ずっと(タバコを吸う数分間、アメリカ滞在で計二十分弱)考えた。
 そうだ、miyakoにも演奏見られてたな。会場に入る姿を遠くから見たのだよ、このぼくが!(手紙で大胆になる性質)。スタジアムでは見失ったよ、あの観客の中に埋もれたちびっ子を探すのは至難の業、途中であきらめたさ。あんたの右側をすり鉢上の縁から演奏が拝めた、聴けた、立見席だったけど満腹、満足。
 けど、あんたのいう独自性は熱烈なファンに隠し通してまで貫く意味があったようにぼくは思えない、どうしても。
 何度も反芻した。(これは真実)
 この手紙をホテルの部屋で書いている、書き損じばっかりが増えて、同じ店で便箋を買い足したわ、おかしいでしょう?
 今の部分でひっかかった、ぼく。一度で済ませることってありえないよね、そうですよね?(興奮すると敬語になるタイプ)結果は数字とは限らない、ぼく独自の観測を設け、対象をつまり、お客の動向を捉える、ということですよね?年下相手にさっきから聞いてばかり、しかも手紙で、返事がもらえる保障は限りなくゼロパーに近いのに。
 ぼくも口止めの観客、だけど真のファンとはいえないもぐりこんだ同業者だ。ぼくにはそれなりの見返りがあってもいいように、あつかましいとは思いつつ、縋ってみました。痛くも痒くもくすぐったさも感じていないのであるならば(畏まる私、わたしって)、ぼくは無視されるんでしょうね。そう、いじけてるよ。
 このぐらいで止めましょうね、書き損じたら一から同じ文字を書かなくてはならないし、指が疲れちゃって、収穫として文字は多少整った形が枚数を書いた代償?成果?練習が功を奏した、と受け取ります、受け入れて。
 質問の具体的な応えをもし気が向いたら同封する名刺のアドレスか番号かインタビューとかラジオで話してくれてぼくは大歓迎ですから。最後はどうやって終わるんだろうか、手が止まったから、ここで終わり」(右下の空欄にサインとイラストが書かれている)