コンテナガレージ

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論理的大前提の提案と解釈は無言と一対、これすなわち参加権なり 1~無料で読める投稿小説~

 汚れを取る手袋を仕舞い、冬物のコートをクリーニングに出す。来年シーズンまで店に預ける。異動の辞令が降りた時に思い出せるかどうか、取りに行く手間を避けるかもしれない。
 廃業を成し遂げるにはタイミングが課題である。預かった洋服を来期の到来そのときまで店を開け続ける義務が生じるが、その間の営業はしかし、預けたお客たちに対する不要な心配を抱かせないためには必要に駆られる。真夏にクリーニング店の前を通って、預けたコートの行方を何人が思い出すというのか。
 いつものとおり署の入り口に立つ警官に敬礼を送る。この儀式と人件費の無駄は警察機構に恨みを持つ爆弾魔の自爆テロを金属探知機手前で食い止められる程度だ。効用は低いといえる。そいつだって爆弾はポケットに収めるのだから。
 市の指定文化財に認定されるO署内の床と奏でる靴音が各所、各自歩行者の足元にて広がる。古い建物特有の寒さを歴史と引き換えにそこで働く者たちの健康を気遣うは配慮は目を瞑る。改善の見込みを彼女はあきらめる、願う労力が惜しい。
 時間は平等にそして等間隔に一秒を刻むものだ。首都を離れ休暇を終えた彼女たちにはそれぞれに仕事と生活が待ち受けていた。捜査費用に長期滞在は認められるのか、四人分の経費、これらの精算を種田が任された。年功序列という悪しき習慣である。他のものに任せるよりかは自分で片付けるに限る、効率を重視したのであれば、反論はない。それにむしろ適任は私しかいない。そういえば、マンションの更新手続きも済ませた。継続契約は要相談、と数ヶ月前のビラの記述をふと彼女は思い返す。継続月は記憶に留めるのだが、ビラの効果によるのだと誤った解釈を大家に与えただろうか、歓迎振りが大げさだった態度と茶菓子それに三種類の飲み物の選択は予想は適合していた、と見受けられるか。
 デスクには種田一人が座る、ほか三名及び、空席が常の部長は別として彼らは休憩と称する喫煙に早朝深夜を問わず、いそしむのだった。
 大家の立場から考えるに、空室よりも満室を、ただし長期の賃貸については引渡しに現状復帰が見込めない、未来を懸念するのだろう、なりきった大家なりの心境を読み取りすっぱり考えと縁を切った。
 鈴木が部屋に戻る、相田がその隣に座った。二人とも無言を貫く、時を刻む時計が主役に躍り出る。
 喧嘩をしている訳でもなく、男性特有の無言でも成立する仲、という間柄、状態である。彼らは上下関係にあるが、後輩の鈴木に関して特別気を利かせた言動は毎回ということはむしろ少なく、彼の本質的な、陽気に振舞う姿勢は気分のバロメーターにより突き動かされている、と解釈が妥当だ。考えることを失うと、こうして身近な事象にさえ関心と呼べるかは怪しいが、観測と結論をはじき出してしまう。
 忘れていた。種田はいまだに冬服を着込む、息苦しさは高温の室内が悪さの主、冬寒く夏暑い、つまり断熱効果が失われているのだ、この部署内は。まったく、そう、まったくである。悪態をつく理由は他にも排出を控えるが、公言に伴う反発たちが時間を割き兼ねないので、口はつぐむ。
「まず以って事件の解決……、と受け止めていいのやらいけないのやらで、まあ結論は導けたわけですし、ひとまず仕事は果たしたんでしょうかねぇ」蛸のようにはす向かいの鈴木は首を揺らす。整頓された彼のデスクは、刑事とは無関係な、カタカナの列立が目に付く。
「証人が生きてた、まさに動かぬ証拠だろう。死んでたら、まだ都内の滞在を延ばしてたかもしれない」向かいの相田はお腹の前で手を組む。だらしなく椅子の背にもたれ掛かる。
「しっかし、あれですよね。どうして校舎に人が閉じ込められてるって分かったんでしょうか。やっぱり考えても、どうにも検討というか、取っ掛かりが見つからなくてね」鈴木は早口にいう。多少身を起こす、彼も寄りかかるのだ。「熊田さんのあの推理、始まりの部分を教えてくれたら、僕もああやって寡黙に仕事がこなせるんだろうな」
「頭より口が先に動くお前が?かなわぬ夢だな。あきらめろ」
「だったらですよ、相田さんは熊田さんの思考をトレースできるんですか。プロのドライバーでもね、レコードラインは人それぞれ違うんです。それこそが唯一早く走れるライン。一般的なコースでの事例を挙げてます、路面の悪いコースじゃあめったに反対にはずしません」
「なんにも言ってないよ」右手を振って相田があしらう。鈴木のレース好きはこの部署の全員が知る、彼の趣味だ。
「要するに、僕が言いたいのですね……」
「完璧にラインをトレースすることは可能であっても、レースを勝つ上での利得は微々たるもの。さらに、自らのリズムを崩しかねない危険性を同時にはらむ。彼らレーサーはむしろリズムをずらすことを心がけるのだろう。マシンの性能差が顕著であるならまだしも、昨今のレースは開発費を抑える傾向が主流と聞く。エンジン性能やシャーシ部分の兼ね合いがもたらす優位性については正直、知識不足だ。近年のレースはとんと縁がないもので、意見はこのあたりで控えるとしよう」
「部長ぉ!」対面の二人が立ち上がる、種田も仕方なく先輩たちに続いた。頭を下げて彼女はいち早く席に着く。
「いろいろ積もる話もあるとは思うが、私もこれで何かと忙しい身分でっと」部長は日に当たるデスクにいそいそと腰を落ち着けると、薄手のマフラーをはずし、手をさすって、山と詰まれた未処理の書類をばったばったと判を押し処理済の下段トレーに送り込んだ。まったく文書に目を通していないか、画像記憶の処理法を多用するのかは、定かではない。後者の対文書処理に関し種田は乱用を控えている。彼女もそういった能力を有するがゆえの被害を事前に避けるべく、セーフモードを標準の設定とする。
「今日という今日はいつもの言い訳は通用しませんよう、僕らに」鈴木はデスクに詰め寄る。「大っ変だったんですよのこの一週間」