コンテナガレージ

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論理的大前提の提案と解釈は無言と一対、これすなわち参加権なり 2~無料で読める投稿小説~

勝手な想像力が働く、ケースは二つ存在しなくてはならない、との思い込みに無意識に応えていた。ようするに、死体を運ぶケースとアイラ・クズミの予備のギターケースは異なるルートでハイグレードエコノミーフロアに到達、荷物棚に運び入れられた。どちらも彼女のギターケースとして。エコノミークラスの後部の貨物室に荷物として、室内の温度調節に長けた空間に保管する。客室よりも楽器にとっては良好な環境といえる、実に自然だ。
 単純作業に部長は取り掛かる。タバコと判とコーヒーに忙しい。彼はいう。「死体はアメリカ当局に明け渡した。荷物棚の、航空会社が支給するケースも回収された。着陸後三十分は当局に待機を命じられていた、アイラ・クズミの証言だ」そうか、荷物棚のケースは航空会社が所持し、本物はアイラ自身が持ち帰ってくれる。当局の執拗な調べを受けるのは航空会社所有のケース。そして、短時間でアイラの手荷物として降りる、死体を運んだケースが入れ替わる。死体がギターケースから転がり落ちた、とは証言にも書かれていない。荷物棚から、毛布にくるまれた死体は落下し、マネージャーのカワニと客室乗務員の大谷奈緒に覆いかぶさる。しかしだ、死体と予備のギターケースの位置を当局が誤るとは思いがたい。けれど、彼女は思いついた考えのほころびを目ざとく見つけてしまう。摺り替えたのだ、そっくり中身を。
「アイラ・クズミは予備のギターケースが左右六つある荷物棚のうちのひとつに見当をつけていたことをほのめかしてます。また、客室乗務員大谷奈緒の行動を止めてもいた」苦しい。彼女は質問を振り絞る。判りきった問いを愚問と呼べる最良の機会と思い込め。
「食い下がる、思ったよりも粘る」部長は言う。「彼女は客室乗務員にどの荷物棚にギターをしまってあるのかを尋ねたのでは……、これが質問の意図かね?」
 低脳、とでも言いたいのか。「はい」
「思い違いを演じただろうね、客室乗務員は。気が動転し咄嗟のことに判断を誤った、言い訳は通じる。制止を振り切った行動も演奏にいち早く取り掛かりたいがための行動用件になりうる」部長は口の端を数ミリ引き上げた。「君らと警視庁はアメリカ当局に是が非でも検死結果を改めて欲しいようだが、まあ、当局も神に誓う真実の下、捜査にあたったことと私は思う……。ちなみに訊くが、君たちは現物の死体をその目で確かめたわけではないだろう?」
「検死報告の写真のみです。日本に移送された遺体についても直接見ることは叶いませんでした、拒まれたのです」
「どの程度の人数を騙し、どの程度の人数を引き入れたか、つまるところ真実は各自が把握しうる、信頼に値する情報の程度に左右をされてしまう」部長は深く煙を広角に、勢いよく吐いた。書類の束はキャンパスノートほどの厚さに目減り。「死体を発見、触れた人物でさえ、それが本物か否か、という識別は一度きり。接触した瞬間に感じ取る印象を後世大事に引っ張る。劣化と観測に擦り寄った再構成を目指す記憶とも知らずにな」
「ならば、お聞きします」種田は言う、食い下がってやる。「君村ありさが死体の存在を指摘できた、これについては?」
「死体の摺り替えは承服したと見なすが、それでも?」
「認めてはいません。客室乗務員の場合と同様、仮定の話としての認知です」
 部長は呼吸を止め、視線を合わせた。呼吸を再開、目をこする。信念の度合い、まるでこれから切りかかる相手の間合いを計っているようだった。彼はいう。「彼女が犯人であると、動機はアイラ・クズミの失墜。コアなファンの面前とは好都合じゃないか。十分動機に足る。しかしならが、矛盾をはらんでいる。そう、彼女は同業者だ。しかも聞くところによるとだ、最近休止していた活動を再開したばかり。信頼や信用の喪失は避けておきたい時期だ、自らのファンにはなり得ない部外者でも、いや一般市民の目は的確に華やかな世界の趨勢を捉えているものだよ。なんにせよ、動機は確からしくもあり、疑う角度も持った。それではだ、死体の事実を知りえた不可解な現象についてを話そうか」部長は思い出したようにタバコを吸う。喫煙とは行為自体の有意性が少々、本質の吸うと吐くが安定的な精神にリンクするため、定常的に繰り返し行われる、種田にとってはそう見える。彼女自身に置き換えると、効率的に電車の発車時刻に合わせた行動だろうか。
 部長はコーヒーを含む。種田も忘れていたコーヒーを傾けた。二度目、事務員の女性がノックもせずに顔を出した、ドアの隙間から顔を文字通り覗かせたのである。精算の書類を早く提出するように、私へ警告に傾く指示。それから部長に対しては健康診断への定期的な参加をきつく呼びかけた。ひっ詰めの髪型は性格に伴う必然的な姿だろうか。それとも髪型による性格形成なのか、関連性は高いように思える。ただ許容を阻む了見の狭い固執した独自の規則、その遵守をはみ出す者への攻撃は正当性を自身へ見出すと共に他者へも等量、発揮されなくてはならない、との身勝手な法則を生み出しては突きつける。守っているのだから、守るべきなのだ、という主張なのだろう。
 あれほどドアはきつく閉まる建具なのか、所作に現れる人格。とはいえ、鈴木の眠りを妨げはしなかった。