コンテナガレージ

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総じて後悔、ふむふむ納得

紺碧。有限に広がる空は見慣れた。私を含めた人間は得てして例外を嫌い、当たり前に引き下げた現実に生きる。
 外は雨。雨にぬれるのだって当初は喜んでシャンプーに興じたり、わざわざ濡れて自宅まで帰ったり、屋外のベンチに好んで座ったりと、それはもう大フィーバーだったのに。今となっては、笑い話。きっちり、折りたたみ傘を持ち歩くのが通例に。暴雨の翌日は折れたビニール傘がゴミ捨て場や川のほとり、看板の下などで見かける季節のようにそれは巡って、しかもすっかり世界に馴染む。
 数十年続いた紫外線の脅威・猛威に突如、終焉が寄り添った。
 詳しいことは学者先生でも解読、解明できていないらしい。現在も調査は続いている、ということらしい。オゾンホールの拡大は。意外な役者が要因だった目される、これもあくまで予測としかいえない。
 外部刺激が植物の組織を壊し始めた場合に、彼らは自らの身を守る。捕食者の体内で有害に働く内部分泌を生成し、捕食の進行を断つ。生き残る離れた組織へ空気中に放出した揮発性の物資を通じて、危険と物質生成の指令を送る。送りあった信号はほかの植物へも伝播、悪い噂みたいに世界に広まる。放出する物質には、どうやらオゾン破壊の強力な立役者がいたらしい。ただ、発信源の特定はオゾン生成の兆しが数字に現れた頃にぱったりと姿を消したようなのだ。
 植物たち。彼らが破壊物質の生成者。大まかにえば、このような答え。不平は受け付けない、だって私が導き出した答えをあなた方は要求していないのだからね。
 もっとも、植物自身がその生態を消滅させる命題に取り組んだのは事実と捉えても構わない。むしろ、私たち人類は眼中にすら引きあがっておらず、彼らの種族の中での争いに巻き込まれた。飲み込めるように解説を加えると、紫外線量の増大が植物の異常肥大、成長を引き起こして、都心部に私たちが追いやられた。国内国土の七割を植物たちによって占領された。無論、もともと私たちの土地ではないので、奪う奪われるの議論は論外。植物が増えたのであるから、酸素供給量も増えて、オゾンの生成が破壊を上回るのではないのか、学者たちの意見が過去に取り上げられていたものの、観測されたデータは拡大するホールの今後も続く肥大化を示していた。
 そこに、終わりの見えない未来に助けが舞い込んだ。私がガラス瓶を落としたあの日の、あの時だ。正確な年と日付はとっくに忘れてしまった、あの人が植物だったという事実以外はもう、思い留めたいと強く思えなかったし、その価値もない。
 私なりの予測を、これは真実とは似ても似つかない後ろ指を差される絵空事に近い発想なので、私個人がひた隠す想像であることを前もって胸に留めていてください。多少、言葉遣いという作法を覚えたのです、私も。
 キクラ・ミツキは、連れ添って歩き、人の手を引く。外は雪に埋もれた午前、鳥の鳴き声と除雪車のパワフルな前後運動が最近、屋外を牛耳ってるサウンド。大型の固く踏みしめられた圧縮の雪面を、私の連れはタイヤが作り出すへこみにはまって、腕を通じて私に引き上げられることを楽しむ。なにごとも新鮮に映るらしい。
 さて、意見を言ってしまおう。下道に出ると一列に歩かなくては対向者の進路を塞いでしまう、安穏と思想に思いをはせられる時間は今のうち、という状況なのだ。