「と、いいますと?」アイラは、自信を通わせる彼にきいた。
「番組といわず局全体でアイラ・クズミの楽曲の貸し出し、放送内の発売に触れる所まで厳重な使用義務の停止を言い渡します、契約書もこの通り作っていただきました。専務の判子もここにもらってきたんですよ」自慢げである。
非現実的、睨まれる状況を自ら作り出す。割に合わない仕事、忙しさ、スケジュールを盾に断るのが懸命な対処……。
「二つ目を」見切りをつける、彼女は先を促した。
「真ん中の用紙です。こちらは変則的な雑誌と音声の収録を融合させた新境地の雑誌インタビューの依頼になります」なります、という二回目の言い方が気にかかったが、流れを止めれば不毛な時が余計流れる、彼女は訂正を器用に押し込めた。彼は一向にこちらの感情の変化、悪い方へ向きつつある風向きに気付く兆候すら。淡々、平凡そのもので、先に進む。「袋とじに隠れたコードをネット上のサイトで打ち込むと、収録映像が流れるという仕組みらしくて、二つ前の号では映画の宣伝に使われたらしく、それなりに反響は大きかったようです。未公開映像を流す、バンバン内容までバラしちゃう映像広告と一線を隠したかったのでしょうか。まあとにかく、映像の最終チェックは一つ目からもわかるように、特殊な契約を結びます」
「口止めの間違いでは?」
「この反響を、食い止めるもっともらしい最善策があったらおしえてほしいですよ!是非」声が高まった、羽ばたいたようにカワニの両腕が空間を上下に切り裂く、右手のクリアファルが鈍く光を集めて、うねうねと親指で押さえつけられた箇所が白く光を帯びた。
アイラは応えた。
「私の仕事は歌を歌う、つくり、披露する。そもそも、マネジメント業務だって私からお願いしたのではありません。レーベル契約の際にとってつけたように付属した、いわば仮の留め金だった。想像をはるかに超えた反響と寄せる仕事量を見誤ったあなた方事務所側は責任を常に棚に上げてる。このことを、何度も思い出して欲しい」
干からび、かつて潤った細胞組織の水分はどこへやら、カワニは何度目かの沈みを見せ付ける。水を与えてあげなくてはいけない、それは私である必要性はどこにもないのに、水を貯めた如雨露は念のために右手に持ちつつ、背中に隠す。立ち直る彼を見たときに、傾けて地上につかの間の天気雨を降らせるのだ、空のプラスチック容器だから、蛍光色をあえて選んだ、それらしい表面は嫌い。
カワニの返答を待った。空間はシーンと音を奏でてくれている、詳細は電子機器や建物の環境を保つ縁の下の機械が発する音に違いはない。確かめてはいないが、無音に近いスタジオに聞こえる音は建物内から伝達された振動に思える。
「はい」「返す言葉も、ありません。面簿ない、ふがいないがまさに私にうってつけ」
面倒な迷いごとにかまけるばかりだ。
今日降りかかる厄災と言い聞かせて私を納得させるべきか、ふがいない、瑣末、両極に揺れる……。
静かに受けいれてみるべきか?
もったいない、いいや、だけれど……こうして打消しの言葉がついて回る。
カップをもってアイラはソファに預けた重力を背負う、作業台のフックにぶら下がるギターケースに近寄り、ポケットから煙草とライターを手にする。
指先のサインで廊下の喫煙ルームへ、カワニを誘導した。