音を奏でるためには高音質で良好な環境が、耳に届けるには最適な空間が必要だろう。彼女は音についての考察に耽った。
屋外のコンサート会場もあるにはある。フェスなどがそれに当てはまるか。アイラは正面玄関を出ると、左手に回り、機材の搬入口となる会場右手に、腰に手を当ててふらりとそれこそ立ち寄った雰囲気で荷物の出し入れに忙しいスタッフたちを、何気なく眺めた。
九州の各地で歌う意味を自身に問いかける。
現在の私のため、未来の私のため、不確実な世界に実現性を持たせるため。
お客を騙してはいないか?
騙されてる、と彼らは理解している。乗っかり、なおかつそれを繰り返す。
浅はかだよな?
ええ、考えなし、稚拙だわ。けれど、それが世界というもののあり方。いつまで、どこまでだって普遍性にこだわるの、だったら利用するわ。一定の長さ、このロープでお客は振り回されたいの、忘れられるからね、旋回してるときは。現実と切り離してもらう、もらえるのよ、安全で決まりきった効果を得たいの。それが偏った思想であろうと。
あざとさを消し去っているつもりかな、私にははっきりと輪郭から骨格、内臓まで透けて見えるぞ。
純化が引きつぐのよ。だから私はメディアには登場しない、彼ら自身で私を思い出し、想見して、張り出し、ときには打ち消し嫌って、また呼び起こす。あくまで、彼らたちの単独作業が肝。
ふーん。するとさぁ、次の標的は考えてる?
横断世代、彼らの子供たち。
勢力の拡大が狙い?大胆だなぁ。
そう?自然の成り行きでしょう、純化の作用は、着実に年代を重ねる彼ら上の世代は自ら生存によって実感している。流行りものに手を出さなくなったのは、つまりは装飾が単なる飾りだってことに気がついたのよ。
君のファンは既にその兆候が見られるが、それももしかすると……。
わかりきったこと。種を植えないと、木は生えないの。家を建てて、家族を養う。音を十分に好きなときに多少大きめの音で聞けてしまう環境に、ワンルーム住まいでは私がいられないもの。
「アイラさん、確認事項、いいですかー?」
呼ばれた、行かなくては。
二度目の呼びかけはなかった、求めた私が野暮。
歩調を気分に沿わせる、アイラは搬入口のカワニを目指した。