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至深な深紫、実態は浅膚 3 

 意識が逸れる、疲労の蓄積が主な要因。計十二曲の演奏だった。プラスアンコールの二曲。開演から一時間半を目処に演目は行われた、陸上競技で目にするデジタル時計をホール内に配置、私が見える位置、ちょうどお客の左後方に私だけが見えるように無理を言って私が持ち込んだ。曲間のトークを一切合切行わない私だ、曲をつなぎ、息が続く限りは演奏の合間の休息は水分補給と、次曲への期待感を煽るべく、あえて間を空けた演出を手がける場合も、ままま、あるにはある。時間は限られると引き出される最大限の効果を、私自身の鼓舞に使用した、という説明がこれについての最適な回答だろう。消化曲数、観客の統一した感度、半歩手前を早足で歩く、これが理想の演奏に思えた、前回の定期公演から取り入れた実験を引き継いだ甲斐があった。少なくとも不要な仕掛けではないことが証明された、私個人に、だけれど。アイラはかすかに口元を緩める、タオルに隠れていてよかった。機嫌がいいと受け取られたら、かこつけて相談ごとを持ちかけられてしまう。

「アイラさーん、起きてます?」カワニが猫なで声で問いかけた。ばたばた、廊下を駆ける足音が耳に伝う。控え室のドアはストッパーで開放が常、通路の音は筒抜けである。つまり、カワニの声も観客の耳に届く可能性もゼロではない。とはいえ、薄い生地の暖簾が目隠し用にかかっていた。廊下を歩いていても楽屋の様子を覗く視線は遮られてる。

 アイラはタオルを取り外した。一瞥。「いつごろ、会場を出られます?」

 カワニの眉がなだらかな傾斜を作る。この場合、事態が予期せぬ方向、察するに悪い方へと向う予兆だ。

「……お客さんの搬出が予測を上回ってですね」控え室に半身でもう片方をドアの外、廊下、通路に隠す態度は彼が引け目を感じている証である。通常、お客と歌手は別々の出入り口で建物内を行き来できる造りが、求められる。しかも、この会場は観光客向けに作られた分、敷地内を出る道路は一箇所しか設けてなかったように思う、複数箇所の出入り口は入場の規制や管理に費用がかさんでしまうだろうし、記念館としては至極妥当なつくりではある。文句を言う立場を私たちは会場に選んだその時点で既に権利は失っている、つまりお客が出るまで待たなくてはならない、とアイラは悟った、ずいぶんと物分りがいい。

 彼女は彼の言葉を掬う。助け舟。「待ちます。私がお客よりも先に会場を出ては、ライブの余韻が台無しになってしまう」

「さすがに、何でもお見通しですね、アイラさんは」

 視線を逸らせ、もう一回目を合わせた。少しだけカワニが真上に跳ねた。