コンテナガレージ

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仕事(フリーライター)、日常、小説、その他諸々

至深な深紫、実態は浅膚 5

 着替える暇は与えられなかった。警察が部屋に押し寄せる、時刻は深夜一時あたり、数時間前ベッドに入ったアイラ・クズミは、マスターキーで開けたと目される怒涛の侵入者たちを片目をつぶり、寝ぼけた意識で見据えた。彼らを先に部屋から追い出し、わずかな空白を利用、未使用のベッドに畳んだ昨日の服と寝巻きとを交換した、選択はこの一つしかありえなかったので昨日の服に着替えた、という弁解をあえて避けた彼女だった、服に興味を示し、それを手がかりに当人を判断するような人物は相容れないのだ。車に乗せられる、マネージャーも一緒である。行き先は不明、どこへ行くのかを隣のカワニは何も言わなかった。警察の車両ではなく、事務所が数日借り切るバンに乗車している、運転手は誰だろう、叩き起こされた直後であれば最も体の負担が大きいのはドライバーなのか……うとうと、意識が途切れ途切れ、夜の町並みから昼間の景色を想起するエネルギー消費は無駄に思える、アイラはひたすら揺れに身を委ね、任せて、振動が落ち着くのを瞼をおろして、待った。

 赤色灯がうるさく、明滅に忙しい先導のパトカーが速度をおとす、光がガードレールや看板に反射して瞼に届く、ライトが照らした光景は午後に滞在した見覚えのあるコンクリート造の建物、阿倍記念館であった。やっと記念館の名称を思い出せた。車を降りる。

 無言でカワニが警察の案内を受ける、私にも従うように先導のパトカーを降りてきた人物、着古したスーツの刑事は視線で訴えた。不測の事態ということが想像されるのみで、昼間のライブ会場の熱がすっかり削がれた場所にしか思えない。連れ出され、建物に誘われた具体的な可能性はなに一つ浮かばなかった、アイラである。

 ホール内へ移った。シートが覆う講堂の床が視界に飛び込む。

 その上にうつぶせに寝そべる人。女性、だった。横顔は眠っているように見える。目は閉じていた。中央、室内のほぼ真ん中。青い制服の鑑識が写真を撮影、明るさが不足してるらしい。けれど、彼ら警察のそれも夜間訪問は記念館の立場を考慮すると、想定外そのものである。アイラは顎を引き上げた、陶器のような純白な天井が細長く縦に三本の轍をひっくり返して、そこに物足りない照度の照明器具が場違いに在籍、LEDだろうか。

 アイラは疑問をもつ。呼ばれた理由を思い浮かべては、消し去る。

 視界に閃光が届く。カメラのフラッシュは雑誌の撮影みたいだった、床を見つめる。このまま、シートごと寝そべる人を直立させると、ブルーの背景を一色に、見事なスタジオが出来上がる。

「見覚えはありますか?」やせこけた頬、背の高い、四十代の男性が訊いた、不破と彼は名乗る。もう一人の刑事が彼に並ぶ、その若い人物は下膨れの頬を持つ、土井と自己紹介、アイラよりも年恰好は上に見えた。すぐに忘れてしまうだろうな。

「まったく」私は毅然と首を振る。首を竦めるカワニは苦い表情のまま私の背後に隠れた、アイラの不躾な態度を恐れたのだろうか、いや死体を凝視できなかったのだ、彼は血液に弱い。

「参りましたねぇ」語尾が長い、ため息をつく不破が顎に手を当てる。多少気取った態度だった。「足元の女性は、今日こちらで、正しくは昨日ですが、ここ阿倍記念館で開かれたコンサートの参加者です」

「被害者?」