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本心は朧、実態は青緑 4 ~小説は大人の読み物~

  アイラ・クズミは九州ツアーライブ・第二週目、平日の二日を乗り切った。お客の入場に際したステージ上の待機は免れ、花嫁たちが祝福を、羨望を契約という錯覚におぼれ、身に浴びる中央の通路を悠々通って、演奏台からお客の顔を見渡すことができた。しかし、若干、後方の席は中央の私が見づらい様子で、何度も首を前列の隙間から覗かせ、時にはカメのような伸縮自在の首がひょっこり飛び出す。着席を求めたものの、両手の上げ下げは自由である。そこで、後方と前列の席を主に背の高い男性に向けた交換を呼びかけた。曲の始まりにトークを挟むアイラは前代未聞。彼女は常に曲を詰め込む。曲間の水分補給で一言二言の発言が、一回のライブで数回。来場の感謝や感涙、といった感動的な場面の演出を対極に置く。話しかけた私に対する、詰め掛けたお客のどよめきが、思い出される。

 今日は昼下がりまで寝ていてもよかったのに当てもなくホテル周辺の散歩に出かけた、散歩には東京でもよく出かける。

 金曜日は午後、夕方近くに会場入り、ギター音質と声のチェックを行った。二時間程度の作業時間である。

 リハーサルを終えて、その日はホテル戻ると即座にベッドへ入り、翌朝を迎えた。取り入れた情報、主に景色に出会った分量が長時間の睡眠を可能とした、と彼女は捉える。起き上がったベッドでふと考えたのだ。

 土曜日。ホテルの朝食サービスを二階のレストランで、早々と堪能、いや、食道に流し込んだ。新聞を広げるビジネスマンにまぎれてオレンジジュースを一杯いただいて、そそくさホテルを出る、徒歩で会場である教会を目指した。

 到着はそれでも午後の一時前。かなり遠回りをして歩いた、最短距離だと一時間ほど短縮は見込めたらしい、ホテルで手に入れた大まかな所在の地図に見切りをつけて、予備に忍ばせた端末と交換、地図が示すルートを到着近くになって画面に表示させた。なるほど視界に入らないと不安に駆られる、そうして道を逸れて、誤り、迷子になる、という思考回路か、心理状態の変化がもたらす方角の読み違いと彼女は理解する。現在位置の把握は端末の表示と脳内に作り出した想像の地図と遜色なかった。彼女は、交通量の多い道を逸れる柔軟さをようやく受け入れる。道が一本違うだけで、飛躍的に距離はかさむ。もっともだ、道は目的地に向かい直線であるはずがないのだから。