コンテナガレージ

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本心は朧、実態は青緑 6

 約一時間、片足立ち、ときに壁に寄り沿っては靴底を壁に押し付け、警察、主に鑑識の手際にアイラは見入った。カワニが汗だくで駆け寄り、姿をみせたときは夕暮れがひたひたと距離を詰める時間帯だった。観客たちはカワニが飛び出して三十分ほどで会場を出たらしい。というのも、グッズ販売の拠点を今回の会場ではそのスペースの確保が難しかったために、別の場所を借りていたのだ。ライブ終了から三十分後を大まかなに開催時刻に定め、事前にホームページ上で販売開始のスケジュールを発表したらしく、どこで開かれるのかといった、場所の正確な位置を伝える労力で抑えられたんだそうだ。まくし立てて話す様は、状況を言葉に換えて整理したのだろう、いつものなら聞き流すアイラは、目を合わせて今回は、いわゆる礼節を重んじた。ただし、彼女の思考は殺人の動機とナイフが刺さる事態を引き起こした、引き起こされた場面の再現に忙しかった。

 パトカーの説明を観客に訊かれなかったのは不思議だ。五、六台のパトカーに、遅れて到着した鑑識の車両を合わせると入り口前の物騒な雰囲気を見逃すわけがない、観客たちは興奮している、エネルギーを消費してるとはいえ、これからまだお目当てのグッズ会場に喜び勇んで、その余力は残しているはずだ。揃いも揃った警察車両の隊列に無反応とは信じがたい。ただ、車両はカワニの要望が通じて、道路に移動させたのかも。

 警察が持ち込むライトが点灯した。チャンネルを現実に合わせる。

 数分間に死体はあっけなく回収された。駐車場でスポットを浴びる主役が、生々しい血液の塊に切り替わった。赤黒かった路面は現在、黒い染みにしか見えなかった。死体が取り除かれてしまうと、こうも現実感が薄れてしまう、彼女は人間の能天気な回路ならではの処理であると、軽く手を叩いて、称えた。土井がこちらを端と足を止めて、拍手の意味を探っていたが、わかるものか、私にだって詳細を求められて、返答に困るぐらいなのだから。

 空腹だった。さすがに何か食べなくては。表口に回る。白いバンが、移動車という名の控え室である。食べ物を、ぐっと上半身に力を込めたアイラは、教会の壁と別れを告げた。