「たまねぎ、火にかけっぱなしだった」三葉はキッチンに駆け込む。わざとリビングと玄関をつなぐドアは半開きにしていた。「あちゃあー、やってぇしまった。もう、始めからやり直しだわ。また炒めなおさなきゃ」
「おーい、大丈夫う、松田さん」
「はあい。ちょっと、はあ、てんやわんやです」
「手伝おうか?」
「いいえ、また一からせっせとたまねぎ炒めなおしますう」三秒で腰を上げるだろう。三、ニ、一。
「……ごめんねー、私が邪魔したみたいでさあ。取り込み中みたいだから、回覧板ここにおいて帰りますね、どうもね、失礼しましたあ」
三葉はリビング、庭に面したレースの遮光カーテンを通して、隣人の帰りを見送った。節操のない人だ、あの人はずっと私を下に見ている、みられているとも知らずに。
少量のたまねぎに謝罪、なくなく命を張った黒い戦士たちに哀悼の意を、三葉はディスポーザーへ流し入れる。
生ゴミは土に還る、か。
響きはいいが、土を必要としない人にとってはあり方迷惑な機能と、メーカーは思わないだろうか、不思議。大多数に寄った戦略か、低きに流れる、元々は先鋭的だった特異なキッチンのオプションだったろうに。
再加熱、たまねぎを炒めて、あれこれと彼女は考えた。
娘のこと、夫のこと、家のこと、将来、老後のこと、今日の夕食と明日の朝食、それから冷蔵庫の中身と消費切れが迫る食品、卵、牛乳、納豆、チーズを材料にした新しいレシピと、明日は月終わりの土曜だから、新聞と雑誌の回収日。あとは、言わずもがな、アイラ・クズミさん、アイラ様、神様とご対面の日取り。
香味野菜を別の鍋で炒める、油が回ったらたまねぎと一緒に。ミルクパンは綺麗に清掃、水切り籠で水分と名残惜しく、別れを告げている。