ファンと交流を結ぶ手法は確立されていたものの、サインを求める彼を筆頭とするファンの事情に、彼女は疎い。偶然そういった人物を見かけることがなりより彼らのこれまでを計り知れる、わざわざ分け入って正体を確かめることをアイラは控える。
握手を求めた男性の手は居場所を失って、後頭部に移動、それからは煙草をスパスパ、煙をポンプのように肺に送った。出入り口は一つ、私の前を男性は通る。テーブルを挟んだ奥側の隙間をこちらに体の正面を向け、カニ歩き、彼はしぶしぶ喫煙室を出た。ようやくここでアイラは、一人の空間をかみ締められた。
セットリスト、
お客との意思疎通、
期待と裏切り、
幾つかのパターンに不確定要素を織り込む、
そのとき、その瞬間を迎えて決定を下すとしよう。
ため息をつく。
データの取得はかなりの収穫になりそうだ、アイラは煙を大仰に真正面、やや斜め上に吐いた。
これまでのライブを簡単に浚う、ツアーの終了を待って本格的な観測に手をつける、初の試みだ。
話し声とホールの空間に響いた足音が遠くで呼びかけるように聞こえた。
第一週の佐賀、回収したアンケートの総合的な回答は概ね期待していたライブ以上の興奮が味わえた、とある。
彼女は脳内で紙を捲るように映像を呼び出した、当然目は閉じている。
付きまとう死体の件は脇にどかす。処理を施す要求にわざと何度も見過ごしていたのに、同日に収めた集荷アンケートのアクセスに反応を示して、ずうずうしい……押し付けがましいのは嫌われるとは教えたつもりである。ありのままでは取り扱いが危険、と主張しているのか。退行そのもの、もしくは意外にデータが膨大なのかも。いいだろう、取り掛かるとするか、しかし条件を付け加えるぞ。ライブのアンケートの中間処理が目的だ、このままでは今日と翌週に控えるライブを取り込む容量に譲歩したのだ。勘違いはするな。
制御に人格を与えた覚えはない、きつくアイラはおしゃべりな制御に訴えかけ、喜びに跳ね回る内部を冷ややかに見つめた。