もう少しよ、あと数メートル。見えてる?私のことが、呼んでよ?私の顔、聞こえる?私の歓声。
邪魔だからどいてくれないかしら、本当にアイラをあの人を必要としてるのはこの私。私が彼女だったんだもの、これ以上の理由があって堪るもんですか。
手を引かれる。なに!?前に行かせないつもり?誰だ、私をせき止めるのは、水路は傾斜にしたがって水が流れる、これは必然なのよ。ええ、せき止めているのでしょう、けれどその下からまたじわっと染み出して水は流れるわ、私を省いて。
許さない、抜け駆けなんて、不都合。
思い違いね。
私は元に戻るの、とても純真だとは思わない?
手を離して、私はふるい落とす。
前へ、あの人の目の前へ、一歩でも、ライブが終わるまでには、必ず近づいて見せる。
触るな!ケダモノたち、汚れた者たち。
私のアイラだ。私そのもの。お前たちはそこで、這い蹲って羨望で我慢をしているがいいわ。
私は、私はね、一つに、やっと、やっとね、そうよ、そう、還るの。
彼女に求められる憧憬の対象に私は引きあがる、そうすれば、もしかしたら、いいえ確実事実、アイラは私を求めるわ。なぜって?決まってる、あの人は不完全でどっちつかずで猫みたいで、それなのに、違う、それゆえ間違っていて正しく飽食の世界であまねく歌い手の原点として君臨するの。
行けない、見えない。巨人が立ち尽くす。
どいて、どけて、どけろよ、どけっ、ねえ除けて、視界をふさがないで、私がみられないじゃない、お願い、もう少しなの、あとほんの、わずかに、二メートルよ、意地悪はさぁよして、消えてしまうのよ、そのままだと、届いて欲しいでしょう。いいの?応えて、ああ、無視ね、わかったわ。いいよ、知らないから、尋ねたんだから、私は訊いたのよ、親切に。
胸に忍ばせた金属を掴んだ。
お別れと出会いは表裏一体。
「ただいま、アイラ」
劈く悲鳴が深深、鼓膜に届いた。